2012年3月7日水曜日

橋下流「憲法9条の国民投票」論?--あるいは、「日本国憲法の大日本帝国憲法的運用」について

橋下流「憲法9条の国民投票」論?--あるいは、「日本国憲法の大日本帝国憲法的運用」について


 この間、大阪から聞こえてくるさまざまな喧騒は、「地方公共団体」における「政治と行政」の、市民に対する(「生活保護」を受けている人々を含む)①「透明性」(transparency)、②「情報公開」、③「説明責任」(accountability)の問題として整理し、「市民に開かれた政治と行政」のための制度改革をすれば、だいたいはカタが付く問題である。
 つまり、大阪の「仁義なき戦い」の直接的要因には、
①大阪市と議会の情報公開制度の未確立が、
②「大阪のメディア」も含めた「市民の監視」に揉まれない議会と行政を温存させ、それが、
③議会と行政の市民に対する「説明責任」のなさ/低さとなって現れ、
④「泥の河」というか道頓堀川のような透明性がきわめて低い、大阪の政治と行政の「腐敗と汚職」を生み出してきた、という問題群がある。
 そしてこの①から④が、とても長い間、自治体の税収実態に応じた行政機構と行政サービス、議会の規模とその役割とは何か、という公的な議論の開始を市民/納税者から遠ざけてきた。(注1)

 その意味では、国と地方、どこの自治体にも見られる問題の「大阪的現象」に過ぎないもの、と言うこともできる。だから、「東京のメディア」や「大阪の人間」以外の者が、唾を飛ばして必要以上にスキャンダラスに取り上げ、「報道」したり論じたりするような性格のことではない。みんな、まず「自分の足元」をみつめ、その改革や変革のためにエネルギーを割き、論陣を張り、行動すべきなのだ。(注2)


 けれども、私が〈問題〉にしてきたのは、上の①から④の制度設計とそれに基づく制度的改善のみによっては解決しない、〈そもそも「公の下僕」たるべき官僚が、国と地方の政策を立案し、その立法化と運用・執行までの実質的な権限を握り、「公に君臨する官吏」になっている現実である。 「戦後官制」の「官僚主導」の政治と行政の在り方、つまりは国と地方の官僚制の〈権力〉論に関する問題である。それは「公務員制度改革」や「天下り廃絶」問題一般とは本質的に違う問題である。

 そこで今日は、「維新の会」の国政進出をにらみながら、橋下市長が「憲法9条の国民投票」を語りだしたので、「戦後官制」と憲法問題(護憲/改憲論争)との関係を考える第一弾として、「日本国憲法の大日本帝国憲法的運用」(戦後憲法の明治憲法的運用)という表現を紹介したいと思う。

〈戦後憲法の明治憲法的運用〉
①戦後憲法と明治憲法を、「国のかたち」=統治機構の在り方から対照すると、「天皇主権」か「国民主権」かを除外すれば、両者の間にさしたる違いはない、英語に翻訳すればほとんど同じ、ということは昔からよく言われていることだ。「そんなことはない」と考えている人は、まずは両憲法の文言をしっかり読むことから始めてほしい。それ抜きに「護憲か/改憲か」を主張したり、論議したりすることほど無意味なことはない。

②ここで重要なのは、戦後憲法の「象徴天皇制」の下で、「戦後官制」の確立を通じ、「戦後憲法の明治憲法的運用」ができるのであれば、官制=「天皇の官吏(しもべ)」としての日本の官僚機構にとって、統治論上、改憲の必然性/必要性などない、ということだ。

③いま、橋下市長が「国民投票」を言いだした憲法9条に関して言えば、「日本には戦後憲法と日米安保条約という二つの「憲法」がある」という、かつては結構語られていた命題を、今一度、現役の大学(院)生や若い世代の人々は考えてみてほしい。
 つまり、日本の「国のかたち」=統治=「主権」の在り方を、憲法よりも政治的・法的に上位に位置するものとして(まるでそうであるかのように)外的に規定する日米安保条約が存在する、という問題である。

 外国=米国が国際条約としての安保条約を通じ、日本の「外交・安全保障」の在り方を、外部/上部から規制し、決定してしまっている現実。それをこの国の政権や官僚機構が、能動的・主体的に推進してきたという現実。「戦後官制」が1951年9月8日に、それを「OK」としてしまったのであるが、私たちは「ほんとうにそれでOKかどうか」を、もう一度考え直す必要に迫られているのではないか? それが『日米同盟という欺瞞、日米安保という虚構』の論点の中心である。
 かつて、日本の一部大学の「憲法」や「法学」の授業では、このようなことが語られていた時代があった。しかし、歴代内法制局官僚による、憲法上の法的根拠なき外国軍の永久駐留と実質的「軍隊」たる「自衛隊」の創設の「合憲」解釈が、「日米同盟という欺瞞」の定着によって制度化されてしまえば、安保と自衛隊の「合憲性」を前提とした憲法解釈が権威化され、通説化するのは必然である。

 改めて指摘するまでもなく、この「権威化」と「通説化」に、国と地方の官僚養成機関としての東大を始めとした国立大学や一部公立・私立大の法学部(教員)が果たしてきた機能と役割は、きわめて大きい。もしも読者の中に国と地方の公務員試験をめざしている人々がいるとしたら、ぜひ「教科書」を読み直してみてほしい。「傾向と対策」を丸暗記するような頭では、「戦後官制」流の憲法解釈の罠から抜け出すことはできず、いつまで経ってもこの「現実」は変わらないからである。 そういうことを全部ひっくるめて、「戦後」と「ポスト戦後」の総括が必要なのではないか。それなくして、「ポスト3・11」のこの国の展望など切り拓けないのではないか。

 ところで、橋下氏の専門職は弁護士である。上に書いたようなことを彼が知った上で、「憲法9条の国民投票」を主張しているのであれば、とても頭の切れる「曲者(くせもの)」だと私は思う。が、その評価も、いまはまだ下せる段階ではない。「とても頭の切れる「曲者」か、それとも・・・。
 今年か、遅くとも来年にはその評価を下せるだろう。

【補足】
 霞が関中枢が改憲を承認することは、当面、まずありえない。それには二つの理由がある。
 一つは、自民党と民主党主流の改憲論をはじめ、改憲論は「天皇条項」と憲法9条の条文改定を中心としたものにならざるをえず、「天皇元首化」や「自衛隊の国際法上の軍隊化」は旧連合国+中国で構成される国連安保理常任理事国が現状、絶対に認めないからである。「サンフランシス-日米安保体制」が続く限り、私たちは「軍令部」を頂点とする戦前の官制の亡霊に、「呪われ」続けるのである。

 二点目は、改憲は、改憲後の「新憲法に基づき、改憲前の国内法体系との整合性をいかに担保するか」という現行法体系の改定や調整などの膨大な「事務作業」を伴うことになる。そのため、官僚は、少なくとも自分の代で(ということは半永久的に)、「そんな煩雑で消耗なことは御免蒙りたい」と考えるからである。
 こうしたきわめてリアルな問題を考えずに、「改憲か/護憲か」を「戦後官制」の確立以降、60年以上にわたり云々してきた/いるところに、戦後日本の新旧右翼/左翼/保守/リベラルが「戦後官制」の「手の平」に乗ってきた根拠と、「ただの市民意識」からの離反の根拠がある。それは、おそらく橋下市長が言いたかったのであろう、「戦後市民」の「平和ボケ」の話とは、まったく位相の異なる問題である。

 1970年の「安保の(永久)自動延長」以降、ほぼ10年サイクルで改憲/護憲論議が行われ、その軌跡と一体化するかたちで既存政党からの小党分離・政党内派閥の再編→「政界再編」⇒与野党の布陣再編が行われてきた。それが、「戦後政治」なるものの実態である。「大阪維新の会」が、今回のそれの「台風の目」となることは確実である。
 問題は、その過程において、結局は「官僚主導」に先祖返りした民主と、元祖「対米追随」たる自民(公明)に対し、「橋下イズム」が「いかに一線を劃せるか」にある。 すでに私には結論が見えているように思えるが、ここでもまだそれを断言できる状況にはない。個々の問題に引きつけ、引き続き、検討を加えて行きたい。


(注1) ①橋本流の地方公務員の「服務規律」強化は、冒頭の①から④とは「別問題」という人がいるかもしれない。しかし、本来、公務員の「規律」は「行政サービス」を受ける側=市民/納税者との関係を中心に考えるべきである。その観点から言えば、上の①から③を高めてゆくことが「行政サービスの質の向上」につながり、そのことが公務員の「業務規律」を高めることにもなる。

 私は、公務員は「公の奉仕(サービス)を提供する労働者」という基本性格を、法的にはっきりさせるべきだと考える者の一人である。そうすれば、首長や管理職、組合に対して「首」を向けるのではなく、あくまでも市民に対して「首」を向けるという規範と、「上に対する服務規律」ではない「市民に対する業務規律」を議論する「公共空間」が広がるはずである。 橋下市長は、「合理化」をやるだけで、冒頭に述べた①から④の「制度設計」をやろうとしない。そこに「上からの統制」しか考えない「橋下イズム」の問題の一つがある。

②より本質的には、スト権スト→労働三権の「奪還」を通じた、①「キャリア・エリートと死なばもろとも」の国家行政組織法・国・地方の公務員法および号級システム、②虚構の「公務員の政治的中立性」論、③擬制の「国民の奉仕者」論の解体、④「中央からの地方公務員の独立」を通じ、行政機構内部から「戦後官制」を突き崩すことが、今後、時を経るにつれ、より痛切で切迫した「アジェンダ」となるだろう。欧米の公務員労働者が、すでにその「道」に踏み出していることに目を向けるべきなのだ。

(注2) 阪神淡路大震災をめぐる「報道」以降、「大阪/神戸の人間」はそんな「自分の足元をみつめない東京のメディア」の「大阪/神戸・関西の取り上げ方」を問題視してきたところがある。
 たとえば、「東京のメディア」には、「橋下イズム」をいまの石原都政の「政治と行政」の在り方に引きつけて捉え返してみる、という発想がない。要するに、どこか「他人事」として報じる姿勢が抜けきれていないのである。

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橋下市長「平穏な生活には努力必要」憲法9条めぐり
・「平穏な生活を維持しようと思えば不断の努力が必要で、国民自身が相当な汗をかかないといけない。それを憲法9条はすっかり忘れさせる条文だ」(?)
・[被災地のがれき処理の受け入れが各地で進まない現状に対し]、「すべては憲法9条が原因だと思っている」(?)
・「9条がなかった時代には、皆が家族のため他人のために汗をかき、場合によっては命の危険があっても負担することをやっていた」(?)。
・「平和を崩すことには絶対反対で、9条を変えて戦争ができるようになんて思ってない(→really?)。9条の価値観が良いか悪いかを、国民の皆さんに判断してほしい」(産経)
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 詳細な説明を省略した上で言えば、私は「憲法9条の国民投票」に賛成である。橋下氏が、単なる思いつきに終わらず、その実現に向け、何をする/しないか、注目したい。

大阪市「4年で職員半減」 民営化など徹底、方針表明
 大阪市は7日、政令指定都市で最も多い約3万8千人の職員を新年度からの4年間で半減させる方針を明らかにした。市営地下鉄やバス、ごみ収集などの民営化や、水道事業を大阪府や他市町村と統合するほか、市事業への民間参入を進めるなどして人員削減を進めるという。
 橋下徹市長や市最高幹部が7日の市戦略会議で削減方針を確認した。半減が達成されれば、職員数が2万5千人規模の横浜、名古屋両市を下回る
 戦略会議で示された方針によると、現在、市の本庁舎や24区役所、市教委などの職員や教員約2万1600人(11年10月現在)については、年に900~450人ペースで削減し、15年10月時点で約1万9350人規模を目指す。一方、地下鉄、バス、市立病院、上下水道、ごみ収集、保育園・幼稚園の分野で勤務する職員約1万6400人については、民営化や独立法人化などの経営形態の変更で公務員から民間の事業体に移ることを想定している。 (朝日) (⇒大半は、市の「独立(行政)法人」や「民営化」した企業体に移行するのは目に見えている)

戦後官制版『蜘蛛の糸』
国家公務員新規採用、09年度比4割超減へ
 政府は6日、「行政改革実行本部」の会合で、13年度に新たに採用する国家公務員の数を、09年度に比べて4割以上減らす方針を確認した。 野田首相「まずは自ら(???)身を切ること、政治改革と行政改革を実行することが、国民の皆さまの納得と信頼を得る上で不可欠」
 岡田副総理は会合で、「今までの削減を大幅に上回る削減をお願いする」と全ての閣僚に協力を要請し、13年度に新たに採用する国家公務員の数を、自公政権時代の09年度に比べ、4割以上減らす方針を確認した。4割削減なら、5000人程度の新規採用となる。 一部の閣僚からは削減に慎重な意見が出たが、岡田副総理は「状況を見極めながら、大胆に、少し乱暴にやらせていただく」(⇒誰に「乱暴」なのか?)と述べたという。野田首相としては、行政改革に力を入れる姿勢を示すことで、消費税の増税に向けた理解を広げたい考え。(NNN)
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 「・・・ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限りもない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻ありの行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。 かん陀多はこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、莫迦のように大きな口を開あいたまま、眼ばかり動かして居りました。自分一人でさえ断きれそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。もし万一途中で断きれたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落としに落ちてしまわなければなりません。そんな事があったら、大変でございます。
 が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。
 そこでかん陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己おれのものだぞ。お前たちは一体誰に尋きいて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚わめきました・・・。」(芥川龍之介、『蜘蛛の糸』より)

退職給付:国家公務員 民間より400万円上回る…人事院(毎日)

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PKO:法改正を検討 武器使用基準緩和、念頭に--政府
 政府は国連平和維持活動(PKO)に自衛隊が参加する際の武器使用基準の緩和などに向け、PKO協力法改正の検討に入った。自衛隊の宿営地外で襲撃された文民の防護や、他国部隊との宿営地の共同防衛が可能かどうか、法制面の課題の検討を急いでいる。
 現行法は自衛官が武器を使用して守れるのは、自己やその管理下にある者に限定。宿営地の外で活動する国際機関や非政府組織(NGO)の職員や、自衛隊と宿営地を共同使用する他国部隊は「自己の管理下」にないため対象外とされている。
 政府は、PKOへの参加拡大には自衛官と文民との連携強化が必要と判断。宿営地外にいる文民がゲリラなどに襲撃された場合、武器を使用することを認めたい考えだ。自衛隊と他国部隊が共同使用している宿営地が襲撃された場合の武器使用も検討しているほか、現地の警察官らに治安維持の訓練を施すなど「平和構築支援」をPKOの業務に加えることを目指している。
 ただ、他国部隊が襲撃されている現場に行って武器を使用する「駆けつけ警護」が憲法が禁じる「海外での武力行使」に該当する恐れがあるなど、武器使用基準の緩和には法制面で慎重な検討が必要。政府は今国会中にも改正案を提出したい考えだが、民主党内の護憲派や公明党などの反対も予想され、提出のメドは立っていない。武器使用基準の緩和などを巡っては、「PKOの在り方に関する懇談会」が、課題を検討する必要性を指摘する中間報告をまとめていた。【毎日、朝日弘行】

改憲案の今国会提出目指す=一院制議連
 超党派の「衆参対等統合一院制国会実現議員連盟」(会長・衛藤征士郎衆院副議長)は7日、衆院議員会館で役員会を開き、国会を一院制とする憲法改正原案を今国会に提出する方針を決めた。議連原案によると、国会を衆参両院で構成することを定めた憲法42条を「国会は、一院で構成する」と改める。 (WSJ日本版)

改憲原案に修正要求相次ぐ=自民、意見集約に着手
 自民党は6日、憲法改正推進本部(保利耕輔本部長)の全体会合を党本部で開き、起草委員会が作成した改憲原案を基に意見集約に着手した。出席者からは、「自衛権の発動」を盛り込んだ9条改正案などに対し、修正を求める意見が相次ぎ、結論を持ち越した。
 会合には安倍晋三元首相や石破茂前政調会長ら30人超が出席。「天皇は国の元首」とした1条改正案に賛同する意見の一方、「天皇は世俗の存在なのか」「元首と書けば他国の元首と同格になってしまう」(???)などの異論も続出した。 (⇒こういう「化石」のような人々が自民党にはまだ存在する)
 9条については「集団的自衛権の行使を明記しなければ意味がない」(⇒意味不明)との声が上がり、「原案通りでも解釈で行使できる」とする意見と対立。「自衛軍ではなく国防軍や防衛軍とすべきだ」(⇒意味不明)「国旗は日の丸、国歌は君が代と明示すべきだ」(⇒意味不明)などの声も出た。 (時事)

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「秋入学」突出に懸念の声 国立大学協会総会
 全国86の国立大などでつくる国立大学協会は7日、東京都内で総会を開いた。会長を務める東京大の浜田純一総長が、導入をめざしている秋入学への全面移行について説明。ほかの学長からは、秋入学の議論が突出することを懸念する意見も出た。協会としては「教育改革の一つの手段」として秋入学を議論することで一致した。
 京都大の松本紘総長は「教育改革こそ命だと思う。入学の時期はその中の一つのオプション」と、学力だけに頼らない入試や教育内容など包括的な改革が必要との考えを示した。大阪大の平野俊夫総長は「秋入学の問題はグローバル人材を育てる一つの手段」と述べ、「(教育の)中身の問題よりも入学時期の問題に議論が非常に集中している」と懸念を示し、東大と距離を置いた。  浜田総長は総会後、「秋入学は学事日程の調整だけではなく、大きな教育改革なんだと共通認識として得られた」(???)と述べた。4月から始まる東大が呼びかけた主要11大学の協議会とは別に国大協でも議論を進めるという。 (朝日)
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 国立大学版「蜘蛛の糸」=「主要11大学」その他大学による、たとえば鹿児島大や高知大など、「地方」の国立大や公立・私立大の取り込みと切り捨ては、今後加速化するにちがいない。

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3/9~14 「イラクと福島のこどもたち 絵画と写真展(東京・日比谷)」((JIM-NET)

2012年3月5日月曜日

僕が「ハシズム」と言わない理由--あるいは、「戦後官制の確立」について

僕が「ハシズム」と言わない理由--あるいは、「戦後官制の確立」について


 現実の戦争の場面では、突撃が「玉砕」になってしまうことや、援護射撃のつもりが味方を撃ち殺してしまう場合もある。悲惨だ。誰の責任だろう? それと似たようなことが、政治の場面でも起こる。 「橋下イズム」をめぐる「攻防」において、まさに今、そういう「悲惨な、汚い戦争」がたたかわれている。
 戦争がそうであるように、政治の世界でもこういう攻防の犠牲になるのは、ただの市民、民衆、「ただの大阪の人間」である。 「突撃」を命令したり、「援護射撃」をしているつもりの「連中」は、そのことがわからない。このままでは悲惨な結果に終わってしまうだけだ、ということがわからない。
 私のような「ただの大阪の人間」がすべきことは、一つしかない。「維新の会」内部、「外人・傭兵部隊」にしろ、「義勇軍」にしろ、大阪の「仁義なき戦い」に参戦している「連中」が放つ言説・政策が、どのような立ち位置から、誰の利害を代弁するものかを、しっかり見極めることである。


 橋下「改革」路線を指して、「ハシズム」と呼ぶ人々がいる。橋下市長の「強権」的な「政治手法」を批判するために、「ファッショ」的/「独裁」的という表現を使い、「ファシズム」を連想させるためだ。ここでは「ファシズム」が「橋下イズム」の隠喩となる。
 たんなる政治的風刺として使われる場合でも、「ハシズム」はよくない。なぜなら、、「ハシズム」には「ファシズム→いつか来た道→戦前への螺旋的回帰」という意味合いが込められており、実際にそのように使われているからである。 しかし、これは「橋下イズム」を分析する視点、批判する方法において誤っているだけでなく、〈問題の所在〉を隠ぺいする機能を果たす。

 「橋下イズム」を評価/批判する視点は、「大阪都構想」がほんとうに「中央からの自律としての大阪の自治」を実現しうるかどうか、にある。もっと言えば、それが「地方公共団体」としての「大阪の行政サーヴィス」にどのような変化をもたらすか、にある。


 戦後、1952年まで続いたGHQ占領統治のさなか、大阪、名古屋、横浜などの「政令指定都市」において、「分離独立運動」が起こったことを知っているだろうか。その事実を知らない人は、「戦後史」をどうかひも解いてほしい。
 この、全国の「政令指定都市」における「分離独立運動」の挫折と敗北、それが「橋下イズム」の戦後的源流である。
 
 自治労(府/市職労)や日教組(府/市教組)の〈問題〉で言えば、60年以上前の分離独立運動の敗北が、その後の自治労の「自治」の解体や「教育の自治」の解体につながってきたこと、そこからもう一度「戦後」を総括しないかぎり、組織の再生はありえない。そのことを「執行部」は知る必要があるのではないか。「橋下イズム」を「ハシズム」などと呼んで、「小さな既得権」防衛に走っている場合ではない。

 では、なぜ戦後「分離独立運動」が挫折し、敗北したのか? その理由はただ一つ、「戦後官制」の確立にある。


 ここで、もう一度、「行政改革会議」の「最終報告」を読んでみたい。
 「行政改革会議」の「最終報告」は、歴史的文書であると同時に、日本の官僚機構の特質および「戦後官制」の確立、さらにはその一般的傾向をとてもよく捉えている。
 たとえば、「Ⅰ行政改革の理念と目標~なぜ今われわれは行政改革に取り組まなければならないのか~」の
「2 「この国のかたち」の再構築を図るため、まず何よりも、肥大化し硬直化した政府組織を改革し、重要な国家機能を有効に遂行するにふさわしく、簡素・効率的・透明な政府を実現する」では次のようなことが書かれている。
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 限られた資源のなかで、国家として多様な価値を追求せざるを得ない状況下においては、もはや、価値選択のない「理念なき配分」や行政各部への包括的な政策委任では、内外環境に即応した政策展開は期待し得ず、旧来型行政は、縦割りの弊害や官僚組織の自己増殖・肥大化のなかで深刻な機能障害を来しているといっても過言ではない。
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 簡単に言えば、「官僚専制」とは、与党が「行政各部」へ「包括的な政策委任」(政策立案作業の丸投げ)をするような体制のことだ。そして、「戦後官制の確立」とは、霞が関=「東京」=中央にその権威と権限、〈権力〉が集中したことを言う。

 与党が官僚機構に政策立案を「委任」しているのであるから、必然的に与党は官僚機構の「手の平」に乗ることになる。官僚は「行政サービスの充実」の名のもとに自らの身分・待遇の改善・向上、影響力の拡大をはかる「政策」を「立案」し、内閣を通じて立法化する。その結果、「官僚組織の自己増殖・肥大化」が起こる。 中央においても、「自治」をはく奪され、霞が関への「隷属」状態に置かれた地方(大阪、名古屋、横浜、札幌、仙台、京都、神戸・・・・)においても。

 この「隷属」状態において、「ふるさとを捨てた/売った連中」のconversionが起こる。精神/アイデンティティが「根こぎ」にされてゆく者たち。「戦後的市民」の誕生? たたかわない/たたかえない自治労に日教組。そして(国立)大学・・・。リストははてしなく続く。「裏切りの精神現象学」。
 ジリ貧的に後退戦を強いられ、「大衆」からの離反をきたし、「組織率」の低迷と「既得権」の防衛戦に走る/走らざるを得なくという「悪魔のサイクル」・・・。
 関係者の誰もが「慙愧にたえない」「じくじたる思い」を内面化してきたと思うのだが、これが「戦後官制」がもたらした2012的現実である。


 『日米同盟という欺瞞、日米安保という虚構』は、安保問題において、この「戦後官制」がもたらした現実=「永遠の安保、永遠の米軍基地」の政治的・法的根拠を解明しようとした。この書に、「安保問題」を論じる他の書にない「価値」があるとしたら、その一点のみである。そしてそのことが一番重要であり、決定的なことだと私は考えている。

 この書の「まえがき」に、「戦後行政学」の古典的テキスト、辻清明(東大法学部教授)が書いた『日本官僚制の研究』の「戦後の統治構造と官僚制」の一節が引用されている。

・・
 終戦以後、わが国の国会や政党は、果して、官僚の機構に対して、どれだけの努力と成果を示しているであろうか。この点に関するかぎり、見るべき成果をほとんど挙げていないといっても、決して誇張の言ではない。現に、かれらが、選挙の際に仰々しく並べ立てる公約には、常に美辞麗句に充ちた政策内容が盛りこまれているが、それを何人がいかなる方法で実現してゆくかという肝腎の政策遂行の過程の問題になると、ほとんど口を緘して触れようとしない。

 占領期間中、なんらかの意味で、官僚制の民主化を匂わせてくれた政策は、地方自治であれ警察であれ、公務員制であれ、ことごとく、占領軍当局のイニシアチーブに基づいていた。党の化石化した命脈と硬化した中枢を、絶えず隠退高級官僚の多年にわたる専門能力と職権網によって輸血し、頻繁な更迭を通じて、無冠の陣笠議員に大臣や次官の栄職を大量に分配して、かれらの官尊意識を充たしながら、既成の官僚機構と密着している自由党や自民党の保守政党ならいざ知らず、進歩政党を標榜して政権を獲得した片山内閣ですら、当時の西尾官房長官の告白によれば、戦前の官吏制度に対する改革は、なにひとつ考慮に上っていなかったという不甲斐ない状態であった……。

 明治以来のわが国統治構造の中枢は、占領政策の唯一の代行機関となることによって補強され、あたかも利用されたかのごとき外観の下に、逆に一切の政治勢力を利用できたのである。戦前と同じく、戦後の国会も政党も、華々しい衣裳は纏っていても、けっきょく精緻な官僚機構の舞台で、踊っていたといえるであろう。
 まことに、わが国の官僚機構は、強靭な粘着力の所有者であった。(二八〇〜二八一頁)
・・

 辻がこの論文を書いた一九四九年の大晦日、連合国軍総司令部(GHQ)はPolitical Reorientation of Japan(日本の政治的再方向づけ)と題された「戦後改革」に関する総括文書を発表している。
 『〈官制〉の形成』(日本評論社、一九九一)の著者、赤木須留喜によれば、総括文書は、
「封建的・全体主義的日本のとりでのなかで、官僚制は無傷のまま存続している。この官僚制は、しっかりと占領期を生きぬいていくことであろう。そして日本の将来の形成にさいして決定的な役割を果すであろう」
と述べ、さらに、
官僚制構造には改革の兆しは見られない」「現存する官僚制がその制度を改革しようとすることはないし、また、改革する能力もない」と戦後四年を経た官僚制国家日本の「診断」をしていたという(四八四頁)。

 辻の「戦後の統治構造と官僚制」とGHQの総括文書がともに、サンフランシスコ平和条約と旧安保条約(「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」)の締結(一九五一年九月八日)の二年前に書かれ、しかもいずれの文書も、戦前の日本の統治構造を支え、担った「官制」が戦後においてもGHQの「民主化」に抗し、延命したと指摘していることに着目したい。
 赤木の『〈官制〉の形成』によれば、その最大の根拠は「各省庁設置法が、国会制定法という形をとって、行政官庁ごとにその縄張りを固守してきた法令の枠組を承継・承認する形を守りきったこと」により、各省庁が「旧制度の系譜のうえに自らの再生と拡大の道を探りあてた」ことにあった(四八三〜四八四頁)。
・・

 霞が関の「各省庁が「旧制度の系譜のうえに自らの再生と拡大の道を探りあてた」こと、それを許してしまったことが、日本各地の「自治」が霞が関=「東京」に奪われ、壊されてきた根本要因である。 この意味でも、「橋下イズム」の「根」は、とても深いのである。 「ハシズム」などと言って、政治的遊戯をしている場合ではない。

 「橋下イズム」については、いまはまだ「評価」が下せる段階ではない。評価のための「結果」が、何も出ていないからだ。 しかし、霞が関による「取り込み」はすでに始まっている。それが「橋下イズム」をみる、私個人の分析の視点である。
 「まことに、強靭な粘着力の所有者」、霞が関を甘くみてはいけない。

「批評する工房のパレット」内の関連ページ
⇒「廃墟なった大学
⇒「廃墟となった大阪」?
⇒「壊疽化する社会--橋下流?

【参考文献】
●『琉球独立への道-- 植民地主義に抗う琉球ナショナリズム 』(松島泰勝、法律文化社)
●『アイヌ民族の復権-- 先住民族と築く新たな社会』(貝澤耕一他、法律文化社)

・・・
●橋下市長
 「僕が強い批判をしている相手は、具体策を出さない人達に対してです。そして公のメディアを用いて、そのような具体策のない批判をしてくる人達。僕もメディアで仕事をしていましたけど、メディアを介して発言する人は、ある種準公人です。メディアはもの凄く影響力が大きい」
 「やっぱ『批評家』って最悪。批評家でありがちなのは、(1)自分が成果出してないのに他人を批判する、(2)批判するだけで具体的な提案がない、(3)批判するくせに自分は大志をもっていない。こんなヒトは百害あって一利なし」

 元府知事、現大阪市長、政党の人格的代表という立場をわきまえず、ツイッタ―で問題・差別発言を乱発する橋下氏は大阪弁で言う「アホ」である。だから私の「大阪の友人・知人」のほぼすべては橋下氏を生理的に受け付けない。しかしそこに「橋下人気」の源泉があり、そこだけを攻めても「玉砕」するだけだということを知らねばならないだろう。と同時に、ここで彼が言っていることが基本的に正しいことを「私たち」は、まず認める必要がある。

●「援護射撃」をしているつもりで、実は「大阪の自治」をさらに破壊し、「大阪の人間」を「殺して」(friendly fire)いる「連中」
 3月2日付の朝日新聞朝刊(大阪本社版)の「『ハシズム』人気のわけは? 口撃受けた4氏が分析」という記事。
 「記事には、橋下市長から「口撃を受けた」北海道大大学院の山口二郎教授(政治学)ら4人が、橋下市長の「人気の理由」を分析し、取材記者も感想を署名入りで書いている。

 取材記者は、「『既得権益』があると見なした人を『敵』に仕立て、時に口汚いと思えるほどの言葉も使いながら徹底的にやりこめる。橋下氏お得意の手法には、違和感を持っていた」と冒頭で指摘し、最後の段落は、
「4氏に共通していたのは、そんな攻撃的な手法をとる政治家が全国的に受け入れられる現状への危機感だった。中島(岳志・北大大学院准教授)氏は『行政サービスを受けている以上、あらゆる国民が既得権益者』と指摘した。橋下氏に拍手喝采を送っている人が、ある日突然、『敵』にされるかもしれない」と締めくくっている。
 ↓
 なんで二人とも「北大の人間」やねん? 国立大学の研究者は、自分の足元を顧みず、いったい何をしているのか?
 北大や北海道の学者は、「アイヌの〈独立〉を含めた北海道の自治」のためにこそ、たたかうべきではないのか?

「朝日新聞・橋下番」ツイッターに載った「太田(同志社大)教授の話」
 『労使関係は互いの信頼の上に成り立っており(!)、橋下市長のように一方的に敵視して強引に進める手法は健全でない。業務用メールを極秘に調査したことも含めて、違法ではないということと、組織マネジメントとして適切かは別だ』」
 『今回の調査は短期的な組織の引き締めにはなるかもしれないが、長期的には職員のモチベーション低下や人材流出などの弊害を招きかねない。職員のやる気を引き出し、住民サービスの向上につながるかは疑問だ』
 ↓
 まったく、「的外れ」の「話」である。「橋下流大阪の行財政「改革」」についての分析をする際に、触れたいと思う。(以上、J-CASTニュース「橋下市長ツイッター・ウォッチ」より)

・・・
<AIJ問題>旧社保庁OB600人天下り 厚生年金基金に
 投資顧問会社「AIJ投資顧問」の企業年金消失問題に絡み、旧社会保険庁(現日本年金機構)幹部23人の厚生年金基金への再就職が判明したが、ノンキャリアを含めると05年当時、全国約500の厚生年金基金に600人以上の同庁OBが天下っていたことが、毎日新聞の入手した資料で分かった。その約7割は資産運用の責任者を務める常務理事だった。AIJは同庁OBのネットワークを営業に利用したとされ、小宮山洋子厚生労働相は実態を調査する方針を示しているが、その大枠が判明した。 社保庁OBらでつくる親睦団体が05年12月に作成した内部資料を毎日新聞が入手した。
 05年度末時点で厚生年金基金は全国に687あったが、内部資料によると、このうち約500の基金に旧社保庁職員600人以上が再就職。その約7割が、通常は基金の運用責任者を務める常務理事、約2割は事務長や事務局長で、複数のOBが同じ基金に再就職していたケースもあった。 厚労省は、天下りの社保庁職員が退任した後は公募に切り替えるよう厚生年金基金に指導しているが、強制力はなく、現在も相当数のOB職員が在籍しているとみられる。
 AIJの企業年金消失問題では、10年度末時点で同社に運用委託をした企業年金84基金のうち74基金が厚生年金基金だった。また、99~10年に旧社保庁幹部23人が全国の厚生年金基金の常務理事などに就いていたことが明らかになっている。 旧社保庁職員は資産運用経験がない場合がほとんどとされるが、中小の同業者でつくる「総合型」の基金では年金の実務や制度に詳しい人材が必要になるため、運用経験が乏しくても旧社保庁OBに頼らざるを得ない面もあったとみられる。【毎日、石川隆宣、松田真】
・・・

柏市周辺の子どもから末梢血リンパ球異常
 2012年3月4日、「放射能健康相談.com」にて、千葉県柏市周辺(柏市、三郷市、東葛地域周辺)の乳幼児から大人までの血液検査の結果が発表された。その結果、乳幼児から小学生までの17人中8人に「末梢血リンパ球異常」が発見されたと公表している。比較対象のため調査された他の地域では「末梢血リンパ球異常」の発見はゼロである・・・。(ベスト&ワーストへ)
 「国からも行政からも見捨てられている東京近郊の高汚染地域に住み続ける子供たちから、将来健康被害が高率に出る事を心配しています。親に意見を求められた時には、避難を進[勧]めています」

2012年3月3日土曜日

脱原発の「教育学」

脱原発の「教育学」


 ポスト「3・11」の、「隠喩としての被曝」に呪縛される社会は、原発問題が「放射能/放射線問題」に突然変異する社会である。 そして、「原発を考えるべき教育」が、原発を「横に置いて」、「放射線教育」となって子どもたちに行われる社会である。
⇒「放射線等に関する副読本の作成について」(文部科学省)
⇒「大学教員が「放射線」を指導 ~都内4大学と港区教委の連携事業で~」(日本教育新聞、2/21,「らでぃ」より)
・・
 「・・・[子どもたちは]放射線の飛跡が現れると、「すごい」「見えた」と歓声を上げた
 まとめとして森田氏は、「この実験のように、測ったり見たりできるものと知ったうえで、放射線と向き合ってほしい」とメッセージ。生徒からは、「いままで目を向けていなかったが、今後は放射線に関するニュースを注意して見たい」といった感想が出ていた。
 4大学と港区教育委員会では今後の連携について検討している。来年度は、「大学教員の指導で放射線の指導を含む質の高い授業づくりの研修も考えたい」
・・
 これはいったい何だろう?

 一方、「放射線教育」に反対する教師たちもいる。
・・
「放射線教育」に関する福島県教組の見解
福島県教職員組合
中央執行委員長
竹中柳一

 2012年度中学校学習指導要領の完全実施と福島第1原発事故を受け、文部科学省は2011年10月、小学校から高等学校の児童・生徒を対象とした放射線副読本を公表しました。また福島県教育委員会も文科省副読本に「準拠」した「平成23年度放射線等に関する指導資料」を11月に公表しました。
 これら「副読本」および「資料」は、原発事故によって苦しむ「フクシマ」の人々の現状や思いについて全くと言っていいほど触れておらず、学習指導要領に記されている学習のねらいである「エネルギー資源の利用や科学技術の発展と人間生活とのかかわりについて認識を深め」るための教材としては、あまりに一面的すぎると言わざるを得ません。

 3・11福島第1原発事故以降、「フクシマ」の苦しみの元凶「放射能」を生成する「原子力エネルギー」は、「エネルギー資源」として最低・最悪なものであることが明らかになりました。 さらにICRP(国際放射線防護委員会)とわが国の主な原子力関係者の基本理念である「リスク・ベネフィット論」(※後述)は、ぼう大な「フクシマ」への賠償・復興経費からも破綻しています。

 破綻した「エネルギー資源」の総括なしに、細分化された「放射線」「放射線利用」にのみ視点をあて、教材化することは、「フクシマ」の苦しみを無視しながら、従来からの原子力施策を正当化し擁護し、推進するための教育を継続することに他なりません。さらに文科省副読本の作製が電力会社の経営陣らが役員を務める財団法人「日本原子力文化振興財団」であることを見れば(毎日新聞2011・12・9福島版)、この副読本に準拠した「放射線教育」は、3・11以前と同様の理念に基づく原子力施策擁護・推進にあることは疑う余地がありません。

 最近、福島県内で教育行政が教職員に対し行う研修会の中で「原発には触れない」「原発に関しては中立的立場をとる」等の教育行政関係者からの「指導」がありました。これは、「中立」を装いながら、従来どおりの核利用施策の黙認を教職員に強いるものです。原発事故に今なお苦しみ、脱原発を願う県民からすれば、許し難い「政治的」立場です。原発事故で拡散した放射能が、子どもたちに全く心身への影響を及ぼさないという、科学的な「安全の証明」があるのでしょうか。

 福島県教職員組合は、原子力発電を含む核利用を、現社会の差別と抑圧のもとに成立する象徴的事象であるととらえ、3・11以前から一切の核利用廃絶を主張してきました
 私たちは「フクシマ」県民の苦しみに直面し、まさに「フクシマ」の未来そのものである子どもたちに対し、その苦しみの元凶である従来同様の「核利用教育」を推進することはできません。
 今後、11月に発足した福島県教組放射線教育対策委員会での分析・検討にもとづき、文科省副読本準拠の放射線教育に対する問題を明らかにしながら、望ましい「フクシマ」の子どもたちの「学び」を追求・検討し、発信していきます。

「リスク・ベネフィット論」
 すなわち、核兵器・原子力開発から得られる利益を受けようとすると、その開発に伴うなんらかの放射線被曝による生物学的リスクを受け入れることが求められる。許容線量値を、その利益とリスクとのバランスがとれるように定めることが必要である。
 社会的・経済的な利益と生物学的な放射線のリスクとのバランスをとることは、目下のところ限られた知識からは正確にはできないが、しかし欠陥は欠陥として認めるなら、現時点で最良の評価を下すことは可能である。そのような意味で低線量被曝のリスクを評価するなら、このリスクの大きさを決める要因である公衆の許容線量を、人類が歴史を通じて曝され続けてきた自然放射線のレベルと関係づけて考えるべきである。
 リスクと利益(ベネフィット)のバランスをとった公衆の許容線量は、自然放射線の年間100ミリレム(1ミリシーベルト)をあまり大きく超えないようにすべきである。(中川保雄「増補放射線被曝の歴史」明石書店2011)
※高校版副読本P20「コラム」には、「リスクとベネフィット」という題名で趣旨が掲載されている。
・・

 「放射線教育」が「一面的すぎる」から、また「リスク・ベネフィット論」が「破綻した」から、「放射線教育」に反対するのだろうか?
 福教組、というより日教組は、本当に、あるいはどれだけ「原子力発電を含む核利用を、現社会の差別と抑圧のもとに成立する象徴的事象であるととらえ、3・11以前から一切の核利用廃絶を主張してき」たのだろうか? 私は小・中・高、すべて公立の学校を出たが、学校現場で「一切の核利用」を「廃絶」すべきという「教育」を受けた記憶がない。そういう「教育」がなされたのだとしたら、きっと私が高校を卒業してからの話に違いない。
 

 福島市の子どもたち3万4千人が、昨年9月から「被ばくした積算放射線量を計測する小型線量計」を持たされることが決まった6月半ば、こんなことを書いた
・・
 「・・・「線量計」を子どもに持たせたとして、「基準値」を上回ったとして、どういう「健康管理」を市が子どもにするのかが、私にはイメージできない。そのことが違和感を増幅させるのである。
 もう一つは、福島の「大人たち」(教育行政)が、原発問題を子どもたちにどのように説明しているのか、という問題である。何のために毎日マスクをするのか、教室の窓を閉め切るのか、校庭で遊べないのか、寄り道してはいけないのか、「線量計」を持ち歩かねばならないのか。 「原発のせい」ということは、子どもだって分かっている。で、そこから何を「大人」は子どもに語るのか? 「線量計」を持たせることより、持たせるからこそ、もっと大切なこと。
 福島の学校教育は、教師たちは、これまで原発をどう子どもに教えてきたのか、これからどう教えてゆくのか。教科書はどうする? 補助教材は? 国の方針が決まってから? 日本はこれから原発について、子どもに何をどう〈教育〉するのか? 
 子どもたちは、これから決まるであろう(何も決まっていない)福島第一原発の5、6号機の廃炉問題、7、8号機建設計画問題、第二原発の廃炉問題について、何の決定権も持たない。それを決めるのは子どもに「線量計」を持たせる大人たちだ。福島の大人たち、県・市町村、学校/高校/大学教師たちは、この問題をきちんと子どもに説明し、考えさせる義務がある。大人が何を決めるにせよ、その決定を一生背負っていかねばならないのは子どもたちだからである」
・・

 上の「?」に対する国(文部科学省)と県、自治体の回答、それが「放射線教育」である。
 「脱原発宣言」を発した福島県、市町村は、「脱原発宣言を発した福島の人間」を育てるために、どのような「教育」をこれからするのだろう。それが少なくとも「放射線教育」(のみ)ではないことは、誰の目にも明らかではないか。
 ところが。自治体や教育委員会にとっては「明らか」ではなかった。 だから、福教組が声明を発したのである。
 〈現場〉の教師と子どもたちの「たたかい」が始まっている。

 「隠喩としての被曝」に呪縛される社会の、脱原発の「教育学」のカリキュラムとそのコンテンツとは何か?
 私たちが未来に背負ってしまった、重い、重い宿題だ。
 改めて、脱原発の〈思想〉と〈科学〉が、(国際)NGOどころではない、大学という制度と大学研究者の役割や責任が問われている、と痛感する。
 
・・・
福島2号機温度計また異常値 第1原発、監視対象外に
 東京電力は3日、福島第1原発2号機の原子炉圧力容器底部で、温度計の一つの値が異常に上昇し、正しい値を示していない可能性があるとして監視対象から外したと発表した。 東電によると、原子炉内の湿度が高く故障したのではないかといい、参考値(???⇒何と「参考」するのか?)として監視を続ける。
 2号機では、2月に圧力容器の別の温度計の値が上昇、燃料を冷却できなくなったのではないかと懸念されたが、東電は故障と判断。その後も故障などが相次いで判明し、現在使用できるのは15個。(共同)
⇒「数値に翻弄される社会」(2/13)

放射線教育 福島の実践に学びたい
 子どもたちに放射線をどう教えるか。
 学習指導要領が改訂され、来春から中学の理科に放射線教育が約30年ぶりに復活する。東京電力福島第1原発事故を受けての授業となるだけに、教師たちの間には戸惑いも広がっている。  いち早く取り組みを始めた福島県郡山市の明健中学校の公開授業を取材し、放射線教育の在り方を考えてみた。

<屋外活動は3時間に>
 公開授業を行ったのは、理科を教える佐々木清教諭と1年5組の生徒たちだ。  学習指導要領では放射線は3年理科で学ぶことになっている。1年生から始めたのは、放射線のことを知りたいという生徒たちの強い声があったためだ。  佐々木教諭は毎年、新聞記事を材料に環境をテーマにしたリポートを課してきた。身の回りの環境問題に関心を持ってほしいとの願いからである。  今年は1年生145人のうち、6割強が放射線を選んだ。
 3月11日。郡山市も強い揺れに襲われ、部活などをしていた生徒が校庭に避難した。原発事故後は放射性物質により校庭が汚染され、除染作業が行われた。  生徒たちは積算線量計を常に身につけ、屋外活動は1日3時間に限られる。放射線リポートは、こうした日常を反映したものだ。
 佐々木教諭は事故直後から独自のネットワークを使って、事故の実態や影響を調べていた。何度も東京に足を運んで専門家のシンポジウムや研究会に参加し、授業案を練っていたところだった。生徒たちの関心の高さに驚き、1年生の授業を決めたという。  伊藤幸夫校長や市教委とも相談し、今月18日の公開授業に踏み切った。県内外から約30人が訪れ、関心の高さをうかがわせた。
<自分で判断する力を>
 佐々木教諭の授業の特徴の一つは、データを示し何が読み取れるかを考えさせる点にある。
 例えば、除染後の校庭の放射線量を数カ所で測ってグラフにし、一カ所だけ高くなっている理由を生徒たちに聞く。グループで話し合った結果、除染後の土が一カ所にまとめられているから、との推論が導かれるといった具合だ。
 特徴の二つ目は、生徒が自身の調査を発表し、それに基づいて考えを述べることにある。  山川莉沙さんは、郡山、南相馬、二本松、いわき市の放射線量の変化を1カ月ごとに調べてグラフにした。「4月から少しずつ減少しているが、大幅な減少は見られない」「このままでは私たちは長い間、放射線と向き合わなければならなくなる」。これが山川さんの判断だ。  そのうえで「福島県から離れることを考えている人もいると思います。でも、福島県はとてもいいところです。福島を復興させるのは私たちです」と訴えた。
 戸上拓人君は、市内の11河川の放射線量を川底、河原に分けて測定した。そのデータをもとに「11河川の川底の放射線量の値はあまり大きくない。今後も安心して継続して水質調査を行っていきたい」と報告した。  授業終了後に話を聞くと、こんな答えが返ってきた。「僕は自分の生まれた土地から離れるつもりはありません。将来は医者になって、限りある命を救っていきたいと思います」
 福島の生徒たちにとって、放射線を学ぶことは切実な課題なのだと痛感させられた。  佐々木教諭は、内部被ばくと外部被ばくや原発の仕組み、福島第1原発の事故などについても授業を進めていくという。「データを読み取り、自分で判断し、考え、活用する力をつけさせたい。それが、3・11以後を生き抜く力になると思っている」

<原発をどう教えるか>
 授業後に県内外の参加者たちが論議を交わすなかで、さまざまな課題も浮かんできた。  とくに問題なのは、原発をどう取りあげるかである。
 「原発関連の仕事をしている人も多く、扱い方が難しい」といった悩みが出された。一方、社会科の教師からは「歴史、地理など幅広い教科のなかで、原発を推進してきた歴史やエネルギー問題などを取りあげていく必要がある」との提案があった。 難しさはあるにしても、原発に踏み込まない限り、説得力ある授業は展開できないだろう。
 文部科学省は10月に小、中、高校生向けの放射線の副読本を公表したが、原発事故についての記述は極めて薄い。教師たちが文科省の副読本を中心に授業を進めるとすれば、福島県が置かれている重い現実が抜け落ち、通り一遍の知識に終わる心配がある。
 長野県教委によると、放射線教育はこれからだ。教師向けの講習会なども準備しているという。
 現実を踏まえた授業が必要だ。福島発の教師や子どもたちの実践から学ぶ—。そんな姿勢を大切にしたいと思う。(信濃毎日 2011/11/24)
 ↓
 「東京の子どもたち」と「福島の子どもたち」の反応、また「授業」に取り組む側の姿勢の「落差」は何を物語っているのだろう?

・・・
〈「原発いらない 地球(いのち)のつどい」参加企画>
【被曝労働の実態 切り捨てられる下請労働者】
--映画『原発はいま』上映と斉藤征二さん講演会 
・日時:2012年3月10日(土) 10:00開場
・場所:郡山市労働福祉会館 第4会議室
〒963-8014 福島県郡山市虎丸町7-7
http://www.bunka-manabi.or.jp/kaikan/
・参加費:無料
■プログラム
10:30 映画上映:『原発はいま』
11:30 質疑と情報交換
(12:00-13:00 昼休み)
13:00 講演:斉藤征二さん(元・原発下請労組分会長)
     「被曝労働の実態 切り捨てられる下請労働者」
14:00 質疑・討論(これからの取り組みについて)(15:00 終了予定)
■講師・上映内容紹介
斉藤征二さん
 元・原発下請労組「全日本運輸一般労働組合原子力発電所分会」分会長。81年、敦賀原発で汚染水の漏洩事故隠しが発覚し問題となったことがきっかけで、やはり自分たち原発下請労働者のおかれた労働環境は異常なのだと認識し、20項目の要求を掲げて労働組合を結成。200人弱の下請労働者を組織して運動を展開した。3.11以降、全国各地で原発下請労働の実態を伝える取り組みを精力的に続けている。
記録映画『原発はいま』 1982年/49分/カラー
企画・制作:運輸一般関西地区生コン支部、映像集団8の会
 「第三の火」と呼ばれた原子力。そのエネルギー源としての未来はバラ色であろうか。原子力発電の安全神話は原発事故によって脆くも崩れた。その原発を支えている「被曝要員」と呼ばれる下請け労働者たち…。匿名の証言、極秘資料、隠し撮りなどによって、彼らの恐るべき労働実態を明らかにしてゆく。
 日本で唯一結成された原発下請労働者の労働組合の取り組みと地域社会の姿から、原発の実態を告発し私たちのあり方を問う。
主催:被ばく労働を考えるネットワーク(準)・自治労郡山市職員労働組合・全国一般いわき自由労働組合・全国一般ふくしま連帯ユニオン連絡先: tel 024-973-6794  fax 024-973-7529
※詳細は以下のサイトをご参照ください。
http://2011shinsai.info/node/1820
http://onna100nin.seesaa.net/article/251821076.html

★★★ 震災とジェンダー ★★★
3月10日(土)13~17時 郡山市労働福祉会館
◆映画上映「Labor Women」
性別や人種などに対する差別、長時間で重労働・低賃金などの悪条件に対し、その改善をめざして労働者たちが連帯し、たたかう姿、労働運動を描く。2003年/監督:レニー・タジマ/アメリカ/36分/字幕:日本語
◆避難母子支援活動報告 
しんぐるまざあず・ふぉーらむ 理事 大矢さよ子さん
◆震災と女性労働
ペイ・エクイティ・コンサルティング・オフィス(PECO) 屋嘉比ふみ子さん
◆福島での取組みと今後の展望    
女性の自立を応援する会
◆脱原発の運動と女性たち
原発いらない福島の女たち 黒田節子
◆全員参加型で自由に意見交換をしましょう!
共催:全国女性シェルターネット、しんぐるまざあず・ふぉーらむ、女性の自立を応援する会
連絡先:024-983-9558  E-mail peco-08@ares.eonet.ne.jp

隠喩としての被曝

隠喩としての被曝

 放射能汚染による被曝は隠喩ではない。現実である。
 だが、放射能汚染がどのような現実を、身体と社会の未来にもたらすか、誰にもわからない。
 人々が怖れるのは放射能や放射線ではない。被曝である。放射能や放射線が隠喩になると書いていた人がいるが、そうではない。 隠喩になるのは被曝である。
 被曝は、「数値に翻弄される社会」を支配する隠喩/「記号」となり、私たちの他者とモノに対する知覚/認識作用を触発する。
 私たちは、「数値」に怖れ、おののく。私たちは、「数値」に安堵し、胸をなでおろす。

 あの子/あの人/あの家族は、
 「フクシマ」の子/人/家族だ。
 だから(?!)、
 厭だ/怖い/おぞましい/可哀そう・・・。
 だから(?!)
 来ないでほしい/出て行ってほしい/・・・。
 「弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者を叩く」?

 この米/桃/しいたけ/車のナンバー/製品/・・・は、
 「フクシマ」のモノだ。
 だから(?!)、
 厭だ/怖い/おぞましい/・・・。
 だから(?!)
 買わない/入荷しないでほしい/ボイコット(!)せよ/・・・。

 猪苗代湖/裏磐梯/白河温泉郷/・・・は、
 「フクシマ」にある。 
 だから(?!)、
 行かない。ピリオド。
 (あれほど学生時代/家族・グループ・個人/旅行で、サマー・キャンプ・スキー合宿・温泉で楽しんだ/楽しませてもらったのに?「数値」は自分の目で見た?)

 これを私たちは「風評被害」と呼んでいる。
 ほんとうにそうだろうか?
・・
<風評被害>福島から避難の子供、保育園入園拒否される 人権救済申し立て/山梨
 福島県からの避難者が東京電力福島第1原発事故による風評被害を受けたとして、甲府地方法務局に救済を申し立てていたことが分かった。福島から避難してきたことを理由に、人権を侵害されていた。同法務局が2日発表した。
 同法務局によると、申し立てた避難者は、自分の子供が住宅近くの公園で遊ぶのを自粛するように、近隣住民から言われた。更に、保育園に子供の入園を希望したところ、原発に対する不安の声が他の保護者から出た場合に保育園として対応できないことなどを理由に、入園を拒否されたという。
 同法務局は、避難者が相手への接触・調査を希望せず、地域への啓発を強く希望したことから、風評に基づく偏見や差別をしないよう呼びかけるポスターを掲示。また、自治体広報紙への広告掲載や自治会でリーフレットの回覧を依頼するなどの啓発も実施した。【毎日、水脇友輔】
・・ 

 去年の4月初旬、「放射能難民」と「放射能差別」という文章を書いた。
・「放射能によってふるさとを追われた人々が、放射能によって差別される。いわゆる「原発難民」と呼ばれている人々に対する、放射能「感染」の「恐怖」に基づく社会的・個人的差別のことだ。」
・ 「ほとんど全て、と言って差し支えないと思うが、「風評被害」に関する報道は、「風評加害」を与える側/組織と人間の問題を論じない。 原発「事故」と放射能汚染に何の責任も負わない、負いようがない犠牲者に対する「放射能差別」(「風評被害」?)は、それ自体が人権侵害である。その自覚を、福島の「外側」に生きる〈私たち〉がしっかり持ち、それを身の回りで広めることが「放射能差別」を考え、なくす出発点になるだろう。」
・「誰もが自然に持つ放射能汚染に対する「一般的恐怖」と、放射能汚染および感染に関する「犯罪的無知」は区別しなければならない。また公的機関や企業体、そこで働く公務員・労働者の犯罪的無知と、個人のそれも区別しなければならないだろう。そしてそのいずれに対しても差別を受けた者は、自らと家族、他者が同じ目に合わないように行動を起こすしかない/起こすべきなのである。」
・・

 「あれ」から、一年が過ぎようとしている。
 「数値に翻弄される社会」の「隠喩としての被曝」。
 私たち自身の、他者とモノに対する知覚、そして行為を否応なく支配し、呪縛する「隠喩としての被曝」。
 「隠喩としての被曝」は、内省することを知らない。

・・・
●「隠喩としての病い・エイズとその隠喩【新装版】」(スーザン・ソンタグ/訳・富山太佳夫)

 「・・・人間の体に起こる出来事としての病いはひとまず医学にまかせるとして、それと重なりあってひとを苦しめる病いの隠喩。つまり言葉の暴力からひとを解放すること・・・」(「訳者あとがき」)より。

 これに対し、私たちの置かれている状況はもっと複雑だ。
 私たちは、「自己の体に起こる出来事としての〈被曝〉を「医学」にまかせることはできず、〈受苦〉として引き受けることを強いられながら、それと同時に、他者を苦しめる〈隠喩としての被曝〉とその暴力から自己と他者とをともに「解放」すること」が問われているからだ。

 ソンタグは「英語という病」に囚われ、死んだ。これについてはひとまず批評の専門家にまかせるとして、私たちの社会がはまりこんでしまった「病」を自己診断するために、今、必読の一冊と言えるかもしれない。

・・・
千葉・柏 焼却施設を一時的に再開へ
・ごみを燃やしたあとの焼却灰から高い濃度の放射性物質が検出され、ことし1月から運転を停止していた千葉県柏市の焼却施設で、燃やさずに保管していた草木を焼却するために、今月13日から、運転が一時的に再開されることに。
・柏市南増尾にある「南部クリーンセンター」では、去年6月以降、一般ごみを燃やしたあとの焼却灰から国の埋め立ての目安を超える高い濃度の放射性物質の検出が続き、灰の保管場所が無くなったことから、ことし1月に運転を停止。
・高い濃度の放射性物質を出すおそれのある枝や落ち葉は、燃やさずに処分場で保管してきましたが、2000トン近くに達してこれ以上置くことができなくなったため、市は今月13日に施設を再開させて焼却することを決定。
・焼却は草木を一般ごみに混ぜて少しずつ行うが、焼却灰を置くスペースに限りがあるため、運転はおよそ45日間という一時的なものになる見通し。このため、灰を保管するための鉄筋コンクリート製の建物を敷地内に設けることも検討。
・柏市では、市内で出るごみの大半を、もう1つの焼却施設だけを使って処理する状態が続き、市は、「安定したごみ処理を進めていくために、灰の保管場所の確保を急ぎたい」としている。(NHK)

2012年3月2日金曜日

資格社会と専門家の資質--相馬と南相馬で考えたこと(3)

資格社会と専門家の資質--相馬と南相馬で考えたこと(3)


 3月になってしまった。はやい。
 「3・11」が何もかも変えてしまった、そんな思いがする。

 去年のクリスマスの連休、相馬と南相馬に行っていろんなことを考えた、と書いた。 その中に、「「医療」とは何だろう?」という〈問題〉がある。
 非常に抽象的な話で申し訳ないが、書きかけのことにも絡めながら説明するよう心がけたい。 少し、聞いてほしい。

 「イスラーム教徒の医師」の一行とまわったと書いた。
 その医師が、仮設にいる人々の「話を聞きながら、診てまわった」という表現をした。

 これには理由がある。県や地元の自治体であれば、大学(東大医学部であったり福島医大であったり)を通さない、また地元の医師会であれば地元の病院や診療所を通さない、外部からの「医療ボランティア」を、あまり「好まない」という背景がある。昔ながらの、「棲み分けの論理」が強力に作用しているわけである。

 これは「大人の話」というか「業界の都合」というか、そういう複雑な、しかし「ボランティア」の前にたちはだかる、現実の大きな「壁」の問題である。だからその医師は、血圧を測る程度のことはしたが、一般に言うような「医療活動」はしなかった/できなかったのだ。医師は、人々の「話をききながら、診てまわった」のである。

 どこの地域でも、どの業種でもこういう話はある。だから、それ自体が問題だということを言いたいのではない。ただ、わかったことの一つは、こうした諸々の制度化された「壁」が、いざ今回のような大規模な惨事、しかも「原子力緊急事態」までが併発した大災害の発生時の救援活動や、その後、必然的に長期化する支援活動において、おそろしいほど被災者や被ばく者への〈支援〉を阻害し、人々の「二次被災」「三次被災」を招いている側面がある、ということである。


 もうひとつ考えたこと。それは、医者にしろ何にしろ、「専門家」っていったい何で、どういう人のことを指すのか、ということである。
 日本の大学は、医者なら医者、教師なら教師、(医療)カウンセラーならカウンセラーと、国と地方の二重の行政縦割りで、国と地方の官僚機構の「天下り」・利権・汚職の温床にもなっている「資格試験制度」を通じ、様々な階層化され序列化された「専門家」という職業・職種を輩出し、育成している。だが、そもそも「専門家」っていったい何なのか?
 「話をききながら、人々を診てまわった医師」の姿をみながら、私はそんなことを考えていた。
 
 これまで社会を社会として、かろうじて成り立たせてきた「骨組み」の骨が「スカスカ」になり、社会の末梢部から「壊疽化」が徐々に広がってゆくような、これからの時代と社会において、人間の社会と人間そのものを相手にする「専門家」に問われる「資質」「資格」とは何なのか。
 「生きること、働くことが「資格」がなければ成立しない社会」、しかも「大学(院)教育を受けねばその「資格」が得られない社会」とはどういう社会なのか・・・。ポスト・リーマンショック、ポスト「3・11」の世界において。「医療崩壊」「学校/学級崩壊」が、久しく叫ばれる現代社会において。

 「話を聞いてもらうこと」そのものが癒しになり、「話を聞くこと」そのものが人を「診る」ことになるとき、両者の間に「医師国家試験」という制度など、必要ないはずだ。
 また、仮設の子どもたちに何かを教えるのに、教職大学院を出る必要なんて、ゼロだ。まして子どもを教える人々を「教育」するための大学院も必要ない。教師は、常に、子どもから学ぶのである。

 何かが根本的に間違ったまま、「開発」され「発展」してきた社会。その社会の中で、自分と人が持っている資格、経歴、学歴に囚われ、「コンプレックス」を一生内面化しながら、借金を背負いながら大学(院)へと駆り立てられてゆく社会。それが今の社会なんだな・・・。 つくづく、そう思った。

・・・
●「避難の権利」確立と避難者・居住者の長期的な救済に向けて
 低線量被ばくによる健康被害を巡る議論は決着を見ません。クロとの証明は十分でないが、シロであるとも言い切れない。そうしたグレーゾーンの問題に直面したとき、国家は市民の「自己決定」を尊重すべきです。
 避難を選択した人には避難先での生活の保障を。
 継続居住を選択した人には十分な防護と健康の保障を。
 原子力発電は国策で推進されてきました。ですから被害者の生活保障、健康保障について、国家が責任をもって行うべきです。原発被災者への恒常的な対策立法(日本版チェルノブイリ法)を求める市民の声の高まりを受けて、院内集会を開催いたします。 (FoE Japan)

院内集会『原発事故被害者支援法(仮称)』市民提案(岩上安身氏のブログより)
 「「福島では今、在留者、避難者が引き裂かれるような空気があります。これは、個々の心の問題だけではありません」主催者団体の一つ、子どもを放射能から守る福島ネットワークの中手氏による、冒頭での発言。避難を選ぶのか、または継続居住を選ぶのか。放射線のリスクを高いと考えるのか、低いと考えるのか、または無いと考えるのか。認識や生活環境の差異で、県民の間に軋轢が生まれている状況は未だに続く・・・」

●「100万Bq,見ざる 聞かざる 調べざる御用学者と南相馬市」(南相馬市市議 大山弘一氏のブログより)
「3.11大震災・検証」アーカイブ」(福島民報)

【補足】
①東大医学部、福島県立医大に対する被災者からの批判、たとえば「被災者をモルモットにしている」といった内容について知る人は多いと思う。私自身も直接耳にした。要するに、「検査し、データは取るが、診察をしない」ということだ。「研究」のために人間を利用している、としか当事者には感じられないという在り方。最悪のケースでは、外部と内部両方の被ばくについて被災者を「安心」させると称して、現実を過小評価する(と、どうしても被災者には映ってしまう)「医療」の在り方、である。なぜ、そうなってしまうのか?
 「原子力ムラ」の一角を占める、としか思えない「専門家」だけではない。「地域医療の再生」を主張してきた人々が、被災者や患者、もっと言えば「現場」を知る一部の医療関係者からもそう思われているところがある、というところが深刻である。

②上の「院内集会」の映像は、時間のあるときにぜひ、観て頂きたい。
 「福島の大学の人間」が「電力のために原発は必要でしょ?」と住民や子どもたちに、いまだに「教えている」こと、飯館村に「経産省の人間」が入って眼を光らせていること、その飯館村の「除染」の実態などが報告されている。それが「南相馬の問題」ともつながっている「可能性」があることも。 突然、泣き出した女性の話にも耳を傾けてほしい。
 (福島において、文科省が検定した、あの「放射線教育」のテキストが学校現場において使用されるのは大問題である。脱原発宣言を発した福島の教育者は、この問題をめぐり、もっと学習し、議論を深めるべきではないか。)

③もうひとつだけ。それは、①や「制度化された「壁」」とも関係するが、「百年に一度の国家的危機」、東日本大震災・「原子力緊急事態」に対する支援活動において、日本の大学(研究者)が果たした/果たさなかった役割、責任の問題である。
 個々の研究者レベルのことではない。検証すべきなのは、「大学の社会貢献」をモットーとしてきた日本の国公私立の大学が、大学としてまた制度として果たした/果たさなかった役割、責任である。

 私は、国際NGOの周縁にコミットする者の一人として「NGOの役割・責任とは何か」を考えてきた。が、大学が制度として「果たした/果たさなかった役割、責任」はNGOのそれとは比較にならないほどの影響力を行使する。プラスの意味でもマイナスの意味でも。
 実は、「原子力ムラ」どころではない、得体の知れない「大学ムラ」がこの国には存在するのではないか? そんなことを感じさせる空気、眼に見えない〈力〉がある。 「3・11」1周年を迎えようとする中、そろそろそういう「研究」が大学研究者内部から出てきてもよいのではないか。
 忘却と隠ぺい、沈黙と無関心に抗う、長いたたかいが始まる。

●「原子力科学技術委員会(第3回) 議事録」(文部科学省)
・「東日本大震災、特に福島第一原発の事故を踏まえまして、現在、原子力政策を含みます全体的なエネルギー政策の方向性が検討されておりまして、特にエネルギー・環境会議におきましては、「革新的エネルギー・環境戦略」策定に向けた検討が進められるとともに、原子力委員会におきましても「新原子力政策大綱」の策定に向けた検討が再開されまして、今後1年をめどに新大綱を取りまとめることとされております。
 このような状況を踏まえまして、・・・、第4期基本計画におきましても、高速増殖炉サイクル等の原子力に関する技術の研究開発については、我が国のエネルギー政策や原子力政策の方向性を見据えつつ実施し、核融合の研究開発については、エネルギー政策や原子力政策と整合性を図りつつ推進していく・・・」

・「特に、今回の事故を踏まえまして重点的に進めるべきもの、あるいは、エネルギー政策等を踏まえながらやるもの、原子力の安全確保の観点から取り組むべきもの、また、国際競争力や技術基盤の維持の観点から、継続しないと国益を損ねると考えられるもの、あるいは国際約束に基づくものや国際社会において責任を持って取り組むべきもの、また、オールジャパンとして、府省間あるいは産学官で連携して取り組むべきもの、あるいは、人材の育成という観点ですとか、活動拠点の形成・増強に向けてという観点、あるいは、課題解決に向けての分野間の連携のあり方や、また地域との連携のあり方、こういった観点について留意しながら整理をさせていただいております・・・」

・「課題領域のマル2、環境・エネルギーというところに移らさせていただきます。
 まず、1つ目といたしまして、核融合研究開発を挙げさせていただいております。こちらにつきましては、現在、国際約束でございますITER計画BA(幅広いアプローチ)活動に加えまして、国内の重要施設としまして、トカマク方式、あるいはヘリカル方式レーザー方式並びに炉工学の推進等を図っているところでございますけれども、長期的視野に立って、引き続きこれらを着実にやっていくことが必要である旨を書いております・・・」

・「課題領域マル3といたしまして、医療・健康・介護ということで、1つ目のマルといたしまして放射線被ばく医療研究ということでございまして、放射線安全研究を挙げさせていただいております。
 現在も今回の事故を踏まえていろいろな取組等も行われておりますけれども、今回の事故を通じて得られた教訓を生かしながら、安全規制の科学的合理性を高めるために利用可能な知見を蓄積することが重要である旨を書いております。
 特に、小児をはじめとしました放射線感受性の定量的評価に関する研究、あるいは低線量・低線量率長期被ばくの影響解明に向けた研究等の取組が必要である旨を書いております。また、緊急被ばく医療研究といたしましては、専門的な診断と治療に関します医療技術の向上ということ、特に、このため、外傷等を伴います放射線障害に対する線量評価や基礎研究の総合的な実施の必要性をここにも書いておるとともに、その人材育成についても、重要な課題として挙げさせていただいております・・・」

・・・
福島第1原発:避難の特養高齢者死亡2倍 環境急変背景に
 東京電力福島第1原発事故で避難した、原発周辺の特別養護老人ホームで、避難後死亡した入所者が前年同期(10年3月1日~11年1月1日)の死者の2倍近いことが福島県の調査で分かった。長時間移動による心身への負担や、受け入れ先での介護環境の急変が背景にあるとみられる。
 調査は、事故後に避難指示や屋内退避指示が出された原発30キロ圏内とその周辺にある特養13施設が対象。入所者計931人の状況を調べたところ、今年1月1日までに少なくとも206人が死亡していた。10年同期の107人(総数は13施設931人)、09年同期の86人(同12施設895人)を大きく上回っている。県は「入所者の現状はすべて把握できているわけではない」としており、死者数は今後増える可能性がある。

 原発の約23キロ北にある特養「福寿園」(福島県南相馬市)。原発事故後の3月15日、政府による「屋内退避指示」が出た。放射能汚染の不安から職員が相次いで避難。物流も滞り、入所者に提供する食事や薬は1週間足らずで底を突いた。「このままでは餓死者が出てしまう」。19日早朝、入所者96人全員を観光バス6台に乗せ、約10時間かけて横浜市内の老人福祉施設に運んだ。寝たきりのお年寄りは座席をぎりぎりまで倒して寝かせた。
 同日夜、施設に到着したが全員に十分な介護は難しかった。再び受け入れ先を探し、多くを東京、大阪、山形など10都府県の施設に運んだ。山形県に移動した人の中には、症状に応じた介護を受けるためさらに同県内の施設に移動した人もいた。  福寿園によると、96人中26人が避難先で死亡した(2月末現在)。「例年、亡くなるのは年間14~15人だが、震災後は顕著に多い。長時間移動の負担に加え、避難先での介護が変わって体調を崩し、回復できなかった人も多くいた」と言う。
 同施設は昨年末、南相馬で再開した。「遺族から『なぜ避難させたのか』と詰め寄られたこともあるが、避難させなければ餓死者が出ていたかもしれない。どうすべきだったか、今も分からない」と打ち明ける。  県によると、事故後、原発30キロ圏内にある介護福祉施設ではほとんどの入所者が避難した。特養より要介護度の低い人が入所するグループホームや養護老人ホームなど15施設でも、避難後の死者数は前年同期を上回った。
 南相馬市内の介護施設での避難状況を独自に調べている東京大医科学研究所の坪倉正治医師は、死者急増と避難の関連を認めた上で「介護職員が避難し、入所者の命を守るためやむなく避難を決断した施設もあり、残るべきだったと一概には言えない。当時の避難状況を徹底的に検証して今後に生かすべきだ」と指摘する。【毎日、神保圭作】

落ち葉に高濃度セシウム 森林土壌の測定結果公表
 林野庁は1日、福島県内の森林391地点で実施した落ち葉や土壌の放射性セシウム濃度の測定結果を公表した。最も濃度が高かったのは、浪江町入北沢の1平方メートル当たり856万ベクレル。同町や双葉町など、東京電力福島第1原発から北西方向の地域で高濃度のセシウムが検出され、地面に落ちた葉や枝の方が土壌より濃度が高い傾向が見られた。
 環境省によると、これまで河川など水源の調査では、セシウムはほとんど検出されていない(⇒再調査すべき)。豪雨などで落ち葉や土壌が流出した場合は汚染が拡大する恐れもあるが、通常の雨や雪解け水は地中にしみこむため、落ち葉などに付着したセシウムは流出しにくいという。(⇒そう断言できるかどうか)
 林野庁は住宅地などとの境目に近い森林の除染対策は示してきたが、全体の除染は手付かずになっている。落ち葉や土壌の流出を防ぐ柵の設置や、間伐などによる除染の効果を検証しており、4月をめどに結果をまとめる方針だ。 土壌の放射性セシウム濃度では、文部科学省が昨年約2200地点で実施した調査で、最大2946万ベクレル(福島県大熊町)が検出されている。 (共同通信)

汚染灰保管場所で千葉県が説明会 10日か11日に我孫子市議会向け
 千葉県・東葛地域のごみ焼却施設から出た放射性物質を含む焼却灰の一時保管場所として、千葉県が我孫子市と印西市にまたがる手賀沼終末処理場を提案している問題で、県は2日、我孫子市議会に10日か11日に同市内の県有施設で説明会を開催したい意向を伝えた。
 同市議会は条件付きで説明会に応じることを決めており、5日に臨時の議会運営委員会を開いて条件の内容を協議する。印西市議会も説明会開催を了承している。(産経)

・・・
国家試験の時期変更を 東大学長、秋入学で要請
 秋入学への移行を検討している東大の浜田純一学長は2日、古川元久国家戦略担当相と内閣府で会談し、医師など国家試験の時期変更や、秋入学移行に伴う費用を国が負担(???)することなどを要請した。 これに対し、古川国家戦略相は「国の仕組みを産業界に先駆けて変えていく検討をしたい」と前向きな姿勢を示した。
 浜田学長は会談後に記者団に、計12校の予定で秋入学を話し合う協議会について「他のやりたいところと一緒にできるかどうか、幅広く考えていった方がいい」と述べ、拡大を検討する方針を明らかにした。(共同)

Student Debt Week of Action Feb 27 – March 2
1) Stop robbing us of our futures: Forgive student debt after five years of repayment and eliminate all interest on student loans. This would end the student debt crisis, allow millions of students to obtain a college degree, reset the housing market, pump billions of dollars back into the economy, and create jobs.
2) Pay your fair share: Stop draining government of revenue. Pay the statutorily required 35% corporate income tax instead of gaming the system through off-shore tax shelters, loopholes, and scams.
3) Get your money out of my democracy: Disclose corporate money in elections to date and pledge to keep all corporate money out of the 2012 and future elections. This includes an end to lobbying on public policy issues, such as Pell Grant and Trio Programs.
4) We need to talk. Albert Lord, will you meet with United States Student Association and Student Labor Action Project representatives on March 26th?

2012年2月28日火曜日

壊疽化する社会-- 橋下流?

壊疽化する社会-- 橋下流?

 「大阪はこれから、どうなんねんやろ?」と考えていたら、骨粗鬆症の、「壊疽化する社会」というイメージが浮かんだ。

 「イラチ(苛ち)」「イチビリ」「オッチョコチョイ」が融合した「大阪の人間」だから、とにかく橋下市長は何かと注目を浴びる。パフォーマンスに長(た)けている。そして実は、「大阪の人間」の多くは、そういう彼が好きなのだ。
 「行きすぎちゃうか?」と感じている人々も、「一理ある」と考えている。そこを勘違いすると、何もかもが間違ってしまう。
 今日も、大阪の「教育改革」をめぐり、「反対声明」とかいろいろ出たようだ。
 しかし、「そういうレベルの問題ではない」という思いが強くある。「思想・信条の自由」の問題が「既得権護持」の問題に映ってしまう。
 組織と運動の歴史を総括し、足元をみつめることが大切ではないか。「大きな既得権」に対して「小さな既得権」が抵抗しても、「既得権そのものが大阪をダメにした」と感じている人々には通じない。
 対抗言説は、もっと違うところから発せられないと「大阪の人間」に届かない。

 「骨粗鬆症の、壊疽化する社会」とはどういう意味か?
 大阪だけの話ではない。また日本だけの話でもない。
 〈問題〉はおそらく、「リーマンショック後」の日本、大阪になぜ「橋下イズム」が登場したのか、それをどう考えるかにある。

2/29
県民所得、高知が最下位…全国平均は279万円
 内閣府が29日発表した2009年度の県民経済計算によると、1人あたり県民所得の全国平均は前年度比4・3%減の279万1000円で、2年連続で前年度を下回った。 前年度比でプラスだったのは秋田、島根のみで、横ばいの沖縄も除くと44都道府県がマイナスだった。08年秋のリーマン・ショックの影響が全国に波及した形だ。
 1989年度以降は沖縄が最も低かったが、09年度は高知が初の最下位となった。東京と最下位県の所得格差は1・93倍で、前年度(1・99倍)より縮小した。1人あたり県民所得は、都道府県ごとの雇用者報酬、財産所得、企業所得の合計額を人口で割って算出する。東日本大震災の影響で11年度の順位は大きく変わる可能性がある。(読売)

・「大阪維新の会 市長選マニフェスト」より
 大阪市は、市民の最貧困化が進んでいます。 大阪市における年収200万円以下の世帯は、約4分の1を占め(32万8千世帯:全世帯数126万世帯)、名古屋市:14万5千世帯(全世帯数96万5000世帯)、横浜市:14万4千世帯(全世帯数149万世帯)と比較して、大阪市が突出しています。 生活保護率についても、大阪市:人口千人あたり56.3人、名古屋市:19.6人、横浜市:17.8人であり、その貧困度は突出しています。
 しかも、大阪市の状況の悪化、貧困化は、日に日に進行しています。 すなわち、生活保護者率については、昭和60年時点は、人口千人あたり22.2‰(‰とは千分率です)であるのに対し、平成17年時点では40.2‰であり、約2倍程度も膨れ上がっています。
 大阪市民の一人当たりの平均所得についても、平成5年時点で412万1千円であったにもかかわらず、平成20年時点では322万9千円に急落しています。 また、完全失業率についても、昭和60年時点は、5.8%であるのに対し、平成17年時点では11.7%であり、約2倍程度も膨れ上がっています。
 また、大阪市の市民一人当たりの借金(地方債残高)は、1人あたり168万円にのぼり、東京都のそれに比べ、約3倍にもなっています。 その他の生活指標についても、悪化の一途を辿っています。  このように大阪市は、他の政令指定都市と比較して、最貧困地域となり、しかもそれが日々進行しています。

 その一方で、市民一人当たりが負担する行政経費は、過大を極めています。すなわち、大阪市の市民一人当たりの職員の人件費負担額は、10万1586円であるのに対し、名古屋市:8万5306円、横浜市:5万7354円であって、大阪市民が最も多額の職員人件費を負担させられています。 市民人口1万人あたりの職員数についても、大阪市:150人、名古屋市:118人、横浜市:75人であり、大阪市が突出しています。さらに、大阪市職員の刑法犯罪、薬物事犯等、職員不祥事も後を絶ちません。
 つまり、大阪市民は、多額の借金を抱えさせられ、最貧困生活を強いられ、しかもその状況は日々悪化しているにもかかわらず、他方で、税金と借金で過剰な職員を抱え、職員を養っているのが現状です。
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 で、どうするのか? 「橋下イズム」がソリューション?

「批評する工房のパレット」内の関連ページ
⇒「Posseが面白い
 "Posse"が、なぜ、どのように「面白い」のかについては、追々説明したい。
 釜が崎や、社会空間の文字通りの「壊疽化」が徐々に進行する「環状線の外部」でPosseのようなNGOが、プロジェクトを開始することが期待される。「環状線の外部」には、「絶望の大阪」の「困っている大阪の人間」がいっぱいいる。 協働しうる研究者・学生・「若者たち」も、「大阪の大学」や「大阪の人間」の中に、いっぱいいるはずである。

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大阪市君が代条例が成立 維新・公明・自民の賛成で
 大阪維新の会と公明党、自民党の大阪市議団は28日、教職員に君が代の起立斉唱を義務づける市条例案について、市長提案の原案を修正することで合意した。修正案は同日深夜の市議会本会議で、3会派の賛成多数で可決、成立した。
 維新と公明は27日までに、橋下徹市長が提案した条例原案の目的から、公明側の主張に沿って「学校における服務規律の厳格化を図る」の一文を削除することで一致していた。
 さらに、自民も加えた3会派は28日の協議で、自民側が主張する「市長及び教育委員会は、(中略)国旗の掲揚及び国歌の斉唱について、適切に行われるための必要な措置を講じなければならない」との条文を追加することで合意。約7時間にわたる修正協議で、3会派の賛成多数で条例が成立する流れが固まった。 (朝日)

橋下市長提案の国歌起立条例が可決…自公も賛成
 橋下徹・大阪市長は、28日開会の市議会に国歌起立条例案を提案した。 与党の大阪維新の会に加え、公明党、自民党が同日、一部を修正することで賛成に回り、同条例は可決・成立した。
 国歌起立条例は、国歌斉唱時に教職員の起立を義務づけ、市施設での国旗の常時掲揚を求めている。大阪府では橋下市長が知事時代の昨年6月、同様の府条例が全国で初めて成立した。政令市では初めて
 橋下市長はほかに、在任中の市長給与を42%減の月額82万円、退職金を81%減の751万円に引き下げる条例案なども提案した(⇒見事なパフォーマンス)。会期中には職員基本条例案教育基本2条例案も追加提案する方針だ。(読売)

関電、大学に2.9億円寄付 過去10年間で
 関西電力は28日、大阪市と大阪府が求めていた経費支出などの情報開示請求に対して回答し、内容を公開した。過去10年で計24件、2億9千万円の大学への寄付を明らかにしたが、政治家のパーティー券購入の実績など全体の3分の1にあたる項目では、一部または全体の開示を拒否した。
 大阪市は関西電力の筆頭株主。府市は脱原発依存に向けたエネルギー戦略をまとめ、6月の株主総会で関電に提案する方針だ。どの程度節電すれば原発を再稼働せずに済むかや、関電がどう費用を削減すれば値上げが避けられるかなどを分析するため、関電に関連データの2月末までの開示を求めていた。
 府市側が要求した31項目のうち10項目で、関電は一部または全体の回答を拒んだ。大学への寄付については総額を明らかにしたものの、寄付した先の大学名や、関連団体・企業からの寄付は開示しなかった。電力業界の寄付をめぐっては、過去に内閣府原子力安全委員会の委員を務める大学教授らが受け取っていたことが判明している。 (朝日)(⇒豊中市にある大学は?)

・・・
大田昌秀元沖縄県知事からの便り
 大田さんから「大田平和総合研究所」が移転し、今週末(3月3日)に新しくオープンする、とのお便りをいただいた。 「多年にわたって収集して参りました沖縄戦と、文字通りのゼロから復興に立ち上がった戦後沖縄の人びとの苦闘の写真のほか、「人間が人間でなくなるとき」と題してホロコーストや原爆の写真なども常設展示する」とのこと。
 「ご来沖の際にはぜひお立ち寄り下さって、ご覧頂けたら何よりも幸甚に存じます」。
知事「県外実現を」 首相「辺野古が唯一有効」(琉球新報)

●『放射能汚染が未来世代に及ぼすもの -「科学」を問い、脱原発の思想を紡ぐ』(綿貫礼子・編)
 新評論から贈呈していただいた。綿貫さんの最後の仕事となった。
 「科学文明の転換点に立って、「脱」の新しい思想を紡ぐとき」という一節が、重く響く一冊である。
 ぜひ、一読を。

【「大阪の教育」についての補足】
 橋下「教育改革」に対する「大阪教職員組合共同アピール  2011年11月18日」を読んだ。
 私は「教育基本条例案」と「職員基本条例案」、いずれにも反対である。が、その内容が違う。すでに述べた通り、府教組がたとえば、
①「大阪の教育の自治」を掲げ、その障害となる、
②「国と大阪の教育行政における二重の縦割り構造」に反対し、
③「文部科学省・中教審解体」と「阪大・教育大の大阪の教育システムへの統合」を主張するのであれば、私は全面的に支援したいと考えている。

 大阪の「公教育」は、「戦後」一貫して、京大と東大、阪大その他の旧帝大七大学を頂点とする日本の偏差値・学歴偏重教育を「現場」で、能動的・主体的に推進してきた。その生き証人がここにもいる。
 府教組には、そういう組織と運動の総括、そしてその果ての現状をしっかり見る眼を養ってほしい。
 「自分たちをいかに守るか」ではなく。

2012年2月27日月曜日

国立大学改革と地方分権--で、阪大をどうするのか?

国立大学改革と地方分権--で、阪大をどうするのか?

 国立大学の入試(前期日程)が始まった。私にも「現場」で「てんやわんや」になっている友人・知人がいる。
 国立大学と言えば、ずっと昔から、疑問に思っていたことがある。
 それは、仮に国から地方へ「分権」が進んだとして、「で、国立大学はどうなるのか/国立大学をどうするのか?」という問いである。 この問いは、必然的に、今後数十年にわたって続くであろう少子高齢化・人口減少時代の、分権が進んだ「地方」において、「最もふさわしい教育の在り方とはいかなるものか?」という、より本質的で根本的な問いを投げかける。

 しかし、大学(研究者)はもちろんのこと、国(文科省-中教審、民主党)も自治体も、そうした問題意識をまったく持っていない。「廃墟となった大学」と「廃墟となった大阪」?を、できるだけつなげる形で、少しこの問題を考えてみたい。

 現行の国立大学制度が、実は「地方分権」を阻んでいる、と考えたことはないだろうか。
 たとえば、大阪である。「大阪の再生」を「大阪の自治/住民主権の再生」と位置づけ、その中心テーマを、仮に「大阪の教育の再生」に据えるとしたら(私はそのような立場には立たないが)、「国立大学法人としての大阪大学と大阪教育大学をどうするのか?」、という問いは避けられないはずだ。

 しかし、「橋本イズム」は、現業の「民営化」と教育委員会・日教組・自治労の解体には熱心だが(「市民感情」から言えば、それにはそれなりの根拠が十分すぎるほどある)、この問いに正面から取り組まない。市大と府大の「統合」こそマニフェストに掲げてはいるが、「教育改革」に関して言えば、「橋下イズム」は「維新」を語りながら、実はきわめて保守的であり、知識エリート主義丸出しなのだ。

 (独立行政)法人化した国立大学というのは、いわば文部科学省を始めとする国の官僚機構の延長組織である。地方分権との関係で言えば、国の「出先機関」みたいなもの、ということになる。
 ところが。「橋下イズム」は国と地方の「行政の二重構造」=ムダを問題にするが、国と地方の大学行政の二重構造=ムダを問題にしない。 それはなぜか? そこにどのような「利権」が動いているのか? 一度よく考えてみるべきである。

 橋下市長は、自分が保守・府立の進学校出身・子だくさんだから「公立の(進学率)復権」をかけ、「現場」への統制と競争を持ち込もうとしているのかも知れない。しかし、「大阪の子どもたち」に必要なのは「愛国心」ではない。「大阪を思う、「愛する」精神」の涵養である。どこの地域でも同じではないか。
 それは「愛国心」とはまったくまったく違うものである。「初等教育」における中教審お墨付きの「公民」教育、この国の官・政・財の下請けカリキュラムでしかない「高等教育」における「公共政策」学、さらには意味のわからない「国際公共政策」学などの抜本的見直しが必要だ。

 「大阪の人間」は、ここまで大阪をダメにしたのが、たとえば府立北野高校から京大や東大、阪大や早稲田に進学し、その後、意識的にであれ無意識であれ、生まれ、育った「大阪を捨てた/売った(sell out)大阪の人間」だということに気づかない。 そういう「連中」が、霞が関や丸の内、中之島や北浜界隈に、いっぱいいる。「維新の会」内部にも、「外人・傭兵部隊」にも。「大阪のアジェンダ」ではなく、「自分のアジェンダ」を持ち込んでいる「連中」がいっぱいいる。
 ともあれ、そういう「故郷を捨てた/売った連中」「現場を知らない連中」が、実は札幌、仙台、金沢、名古屋、広島、高松、博多、那覇、その他「地方」の県庁所在地にもいっぱいいる。
 そう、福島にも。「精神/アイデンティティの根こぎになった連中」が、持続可能な循環型「天下りシステム」と「異動システム」によって、全国を「渡り」歩いているのである。
 日本の国立大学制度は、「そういう連中」の養成機関としても位置付けられてきた。これをいかに「改革」するのか? 向こう2年や3年で、どうなる/どうするの話ではない。10年先、20年先を見据えた、とても〈アクチュアルな問題〉であるはずだ。

 大阪における国立・公立・私立の「教育の社会的資本過剰」と、「貧困化と格差拡大」が同時進行する「大阪の人間」の「マクロレベルの教育投資過剰」に引きつけ、考えることが重要である。
 生身の、あるがままの人間とその社会が奪われてしまう前に、国立大学法人を〈地域〉に還すために。

【参考サイト】
●「「国出先機関の事務・権限移譲に関するメリット等の事例」について」(関西広域連合)
 「政府は平成22年12月に、「アクション・プラン~出先機関の原則廃止に向けて~」を閣議決定し、先の第13回地域主権戦略会議においては野田内閣のもとでも改めて広域連合制度の活用を前提に、国出先機関改革を推進することが確認され、今後、政治主導による取組の加速化が大いに期待されているところです・・・。」
 ↓
 「政治主導による取組の加速化が大いに期待されている」と言うのは、「官僚主導」に固執する官僚機構の頑強な抵抗が続いているからである。「関西」などというlocalは、実際には「想像の共同体」に過ぎないが、広域連合に対しては、京大と阪大を始めとする「関西の国立大学をどうするか?」の議論を開始すべきだと提言したい。
 もう一点。「大阪の人間」は大阪のことしか考えない。自分は変わらず人を変え、利用しようとする、強烈な「天の邪鬼」である。「転んでも、タダでは起きない人間」である。 広域連合の自治体で生活する人々も自分のところの「自治」を中心に思考し、「大阪の人間」に振り回されないようにすべきかも知れない。

●「大阪維新の会」の「市長選マニフェスト
2. 公務員制度を変える 職員基本条例
 明治時代から 続いてきた公務員制度を大転換 。特権的な身分制度を排し、府民・ 市民の感覚が反映する公務員制度を構築します。
3. 教育の仕組みを変える教育基本条例
 文部科学省を頂点とするピラミッド型の教育委員会制度を一から見直し、委員会が独占している権限を住民に取り戻します。教育行政に住民の意思が反映できる仕組みを構築します」
 ↓
 大阪の「統治機構の改革」という点に限定して言えば、上の2と3に私は賛成である。
 が、これだけは「大阪の教育」は何も変わらない。子どもたちが今よりももっと肉体的・精神的に疲弊し、「保護者」の負担が増加するだけである。 阪大・教育大を「大阪に還す」ことが核心的アジェンダである。

大阪大学「地域社会との連携」
 阪大は国と関西・大阪の「産官学連携」ではなく、「大阪の大学システム」の中に埋め込み直される(re-embed)べきである。「なにわの商人」の末裔の一人として言わせてもらえば、今の阪大は懐徳堂はもとより「建学の精神」からもかけ離れた、「大阪の人間」を「上から目線」で睥睨(へいげい)する、「象牙の塔」ならぬ「バベル(混乱)の塔」のように見える。
 今、地方の国立大学では首都圏や関西圏の私立大学への「転職」を決断した人や考慮中の人が増えている。将来に対する不安や「やってられない」という意識が蔓延する全国立大学法人の教員・職員の未来のためにも、今から「国立大学を地域に還す議論」を興すことが重要だ。

●「「国立大学法人化後の現状と課題について(中間まとめ(案))」について」(文部科学省)
 ↓
 法人化後の「現状と課題」を「熟議」するその視座が、国立大学が立地する地域ではなく、どこか宇宙の彼方にブッ飛んでしまっている。機会のある折に検討を加えたい。

京都大、大阪府立の進学特色10高校と連携へ
 京都大学(京都市)は[2月]16日、大阪府立の進学指導特色校10高校と教育連携すると発表した。高校生が大学の研究室を訪ねたり、大学の教員が高校へ出向いて助言したりする関係を築きたいという。
 大阪の進学指導特色校は、橋下徹知事(当時)が優秀な生徒を特定の府立高に集めようと発案(⇒まったくの政策ミス)し、昨春からスタート。天王寺、北野、豊中、茨木、大手前、四條畷、高津、生野、三国丘、岸和田の10校で、約1.5億円の追加予算をつけて少人数授業などを行っている(⇒税金のミスユーズ)。昨秋には特色校の生徒約600人が京都大を訪れ、特別講義を受けたり研究発表をしたりした。昨春、10校から京都大に入学した生徒は241人。 (⇒なんで「大阪の子ども」が京大に行かなアカンねん?「大阪の人間」はこれが「大阪の頭脳流出」であることに、いつ気づくのか?)
 記者会見で、松本紘・京都大総長は「大勢の優秀な学生大阪から入ってきている(!)。より深い関係を築けることは意義深い」。中西正人・大阪府教委教育長は「生徒が刺激を受け、知的好奇心や学ぶ意欲が触発されれば」と話した(⇒そういう問題?)。(朝日、筒井次郎)

・・
東大、インド人留学生獲得に本腰…学食も工夫
 東京大学は27日、当地でインド事務所の開所式を行った。 バンガロールは情報技術(IT)などインドの先端産業の中心地で大学も多く、優秀なインド人留学生を獲得するのが狙いだ。
 式典後、記者会見した田中明彦副学長は、東大では中国人留学生約1000人が学んでいるのに対しインド人留学生は35人だけだなどと明らかにした上で、「これを契機にインドからの学生を大幅に増やしたい」とアピールした。東大では、英語だけで授業を受けられるコースを拡充、学生食堂にもインドに多いベジタリアン(菜食主義者)やイスラム教徒向けのメニューを増やすなど受け入れ態勢を整えているという。
 東大の海外事務所としては2005年に開設した北京に次いで2か所目となる。【読売、バンガロール(インド南部)=新居益】

論文盗用した元助教の指導教授、停職1カ月 東大
 東京大大学院工学系研究科のトルコ人元助教が博士号取得論文で他人の著作物を盗用した問題で、東大は29日、指導教員で学位審査の主査を務めた松村秀一教授について、対応が不適切だったとして24日付で停職1カ月の懲戒処分にしたと発表した。元助教は既に退職し、東大は「懲戒解雇相当」として退職手当を支給していない。
 元助教による研究費の不正使用の調査結果も公表し、約105万円がパソコン購入代などに私的に流用された疑いがあるとした。東大は同額分を国などに返還する。(日経)

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国のやり方恐ろしい…意見交換会欠席の双葉町長
 東京電力福島第一原発が立地する福島県双葉郡の8町村長と、細野環境相、平野復興相が復興について話し合う意見交換会は26日、双葉町の井戸川克隆町長ら3町長が急きょ欠席し中止されるという異例の事態となった。  国との意見交換会を欠席した井戸川克隆・双葉町長は26日、住民らが避難する埼玉県加須市で記者会見し、「信頼関係に問題が生じた」などと国への不信を語った。
 「話し合いの場を設けたのに、一方的に決めて説明するということは、あってはならない。やり方が非常に恐ろしい」。井戸川町長は、中間貯蔵施設の用地を国が原発事故前の実勢価格で買い取ることを検討しているとの一部報道を引き合いに、国を批判した。  双葉郡内への同施設建設は「先祖伝来の古里に住めなくなるような決断をする、大変重い話だ」とし、今後の国との意見交換については「もう一度、冷静な判断の下で内容を検討し、会議を設けたい」と話した。(読売)

野田首相:「来る意味わからない」…県民の不信感根深く
 野田佳彦首相の26日の沖縄初訪問は、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の辺野古移設への沖縄の理解を得るのが目的だ。27日の仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事との会談などを通じて沖縄振興や沖縄の基地負担軽減に努力する姿勢をアピールする構えだが、普天間の県外移設を断念した民主党政権への沖縄の不信感は根深い。沖縄初訪問も県民には「基地押し付け」としか映らず、反発と不信の声が上がった。
 県外移設を断念した鳩山由紀夫元首相、辺野古移設を踏襲した菅直人前首相に続き、野田首相は民主党政権の3人目の首相として沖縄入り。26日は沖縄戦犠牲者らの名を刻んだ平和の礎(いしじ)がある平和祈念公園(同県糸満市)などを回り、沖縄県幹部らから説明を受けた。27日の知事との会談では、辺野古回帰の経緯について謝罪すると共に、辺野古移設に理解を求めるとみられる。
 しかし、辺野古で座り込みを続けるヘリ基地反対協の安次富浩(あしとみ・ひろし)共同代表は、首相の沖縄初訪問に対し「『辺野古はダメ』と言い続けている沖縄に来る意味が全く分からない」と首をひねった。
 在沖縄海兵隊の一部を米軍岩国基地(山口県岩国市)へ移転する米側の打診を、政府は拒否。山口側からの反発を受けたためだった。安次富さんは政府の沖縄と山口との対応の違いについて「この根底には、政府の沖縄差別の感情がある。このことを、本土の人ももっと関心を持ってもらいたい」と語気を強めた。【毎日、井本義親、吉永康朗、佐藤敬一】

2012年2月26日日曜日

3・11原発いらない!福島県民大集会

「3・11」原発いらない!福島県民大集会

日時:3月11日(日)13:00~
会場:郡山市「開成山野球場」
交通:郡山駅西口より5分間隔で路線バス「郡山市役所」下車2分/タクシーで約10分/東北自動車道・郡山ICから車で15分(会場周辺には駐車場はありません)
内容:12:30 開場
13:00 加藤登紀子さんコンサート
14:00 県民大集会(県内の様々な立場の方や大江健三郎さんの発言予定)
14:46 黙とう/集会宣言採択
15:00 パレード出発
主催:県民集会実行委員会
連絡先:実行委員会事務局(TEL:0800‐800‐5702 Fax:0800‐800‐5703)

●県民集会での訴えの内容
・福島県では原子力発電は将来にわたり行わず、福島県を自然エネルギー等再生可能エネルギーの研究・開発の拠点とすること。
・放射能によって奪われた福島県の安全・安心を国と東京電力の責任で実現すること。特に子どもたちを放射能から守ること。
・原発事故に伴うすべての賠償の実現と県民の生活と雇用の保障を実現すること。
 ↓
 福島第一5、6号機、第二の廃炉宣言・要求は?

■詳しくはこちら(実行委ホームページ)http://fukushima-kenmin311.jp/
■記者会見の報告はこちら http://sayonara-nukes.org/2012/02/120224news/

●東京でもアクション
「3.11東京大行進-追悼と脱原発への誓いを新たに-」
日時:3月11日(日) 
14:00開始 
14:46 黙祷 
15:00デモ出発
集合場所:日比谷公園中幸門
主催:首都圏反原発連合
協力:3・11再稼働反対!全国アクション、さようなら原発1000万人アクション

■3.11を中心とする各地のアクションはこちら
http://sayonara-nukes.org/actionweek/

・・・
「過剰な心配無用」 花粉の放射性セシウム マスクで一層安心
 東京電力福島第一原発事故で汚染されたスギの花粉に微量の放射性セシウムが含まれている問題で、花粉症シーズンを控え、県民の一部から不安の声が上がっている。警戒区域などのスギの雄花を調査した林野庁は「健康に影響はないレベル」と分析しており、県は今月、ホームページで同庁の調査結果などの情報提供を始めた。飛散花粉の実態を調査し、安全を確認する動きも出てきた。専門家は「過剰な心配はいらないが、気になる人はマスクを着けて」としている。

■飛散状況測定
 「放射性セシウムが含まれる花粉の飛散は来年以降も続く。危険性がないかを確認する必要がある」。茨城大の北和之教授ら日本地球惑星科学連合・放射化学会連携チームは、県内5カ所を含む計11カ所で放射性物質を含むスギ花粉の飛散状況を測定する。
 県内は福島、郡山、南相馬、川俣、いわきの5市町で測定。フィルターに付着した花粉などの放射性セシウムの量を4月まで随時調べる。北教授は「花粉の飛散によって大気中の放射性物質の濃度が上がっても、空間放射線量はほとんど変化しないだろう」と安全性を強調している。
 東京大アイソトープ総合センターの桧垣正吾助教(放射化学)は今月中にも花粉の吸引状況などの調査に入る方向で検討している。県内などの計50人程度の使用後のマスクを回収し、付着した花粉からの放射線量を測定する。「吸引状況を調べ、問題がないことを確認し、安心材料にしたい」と説明した。

■HPで情報提供
 県が放射性セシウムを含む花粉に関してホームページで情報提供を始めたのは、県民から相談が寄せられたのがきっかけだ。健康に影響がないとする林野庁の試算結果などを紹介し、県民の不安払拭(ふっしょく)を目指している。
 林野庁は原発事故後、県内132カ所を含む全国182カ所のスギの花粉を作る雄花に含まれる放射性セシウム濃度を調査した。
 浪江町で採取された最も高い濃度の1キロ当たり25万3000ベクレルの雄花と同じ濃度の花粉が飛散したとしても、成人の被ばく量は毎時最大0・000192マイクロシーベルトとしている。25日に福島市役所前で県が測定した毎時0・91マイクロシーベルトの約4700分の1に当たる。

■警鐘
 林野庁や専門家が安全性を強調しても、原発事故以降、放射線問題に悩まされてきた県民の中には心配を拭い去れない人もいる。
 「もし何かあってからでは遅い。できることは対応する」と話すのは福島市の主婦内山智子さん(42)。幼稚園に通う5歳の子どもがおり、花粉シーズンにはマスクを着用させるつもりだ。
 同市の会社員鈴木孝一さん(36)は「放射性セシウムが花粉に含まれていると聞くだけで気持ちが悪い」と不快感を示す。原発事故後の昨年5月ごろまでは長時間の外出時にはマスクを着けていたが、空間放射線量が下がり始めたため、現在はやめている。「やっと安心できたのに…。健康に影響はないと聞いてもマスクをすると思う」と打ち明けた。
 内部被ばくに詳しい琉球大の矢ケ崎克馬名誉教授(物理学)は「微量とはいえ、もともとアレルギー症状がある人は花粉の放射性セシウムの放射線が加わることで、健康への影響が大きくなる可能性がある。少ないから大丈夫というわけではない」と指摘する。
 鼻の中の粘膜に花粉が付着し、セシウムから出た放射線が粘膜の分子を切断することもあり得ると主張し、「花粉症の発症や悪化を招くことも十分考えられる」と警鐘を鳴らす。

■首都大学東京大学院・放射線科学域長 福士政広教授
 首都大学東京大学院の放射線科学域長を務める福士政広教授(放射線安全管理学)は福島民報社のインタビューに応じ、「スギ花粉の放射性セシウムが健康被害を及ぼすことはない」と強調した。
 -花粉に放射性セシウムが移行する仕組みは
 「原発事故で飛散した放射性セシウムがスギの葉面に付着し、養分として木の内部に吸収された。雄花にも取り込まれ、花粉に含まれるようになった。一方、現時点で放射性セシウムは地表にとどまり、スギの根は地中にあるため、土壌からの吸収はほとんどないと考えられる。しかし、今後、放射性セシウムが土壌に浸透すれば、根から吸収される可能性がある。早期の除染が必要だ」
 -葉面からはどの程度の放射性セシウムが吸収されるのか。
 「昨年11、12の両月、東京都の奥多摩でスギを調査した。最大で10分の1程度が葉から雄花に移行していることが分かった。花粉には雄花と同程度の放射性セシウムが含まれると考えられる」
 -放射性セシウムが含まれる花粉による被ばく量は。
 「林野庁が浪江町で実施した調査でスギの雄花1キロ当たり最大25万3000ベクレルが測定された結果から推測すると、仮に花粉シーズンの4カ月間にわたり、24時間、同じ比率で花粉を吸い続けたとしても、被ばく量は0・553マイクロシーベルトにとどまる。健康被害が出るレベルではない。危険性はまったくないと言える」
 -対策は不要か。
 「可能な限り不必要な被ばく量を抑えるという放射線防護の観点からいえば、マスクなどを着け体内に取り込むのを防ぐことも大切だろう」(福島民報)

原発事故調、海外専門家から批判続出 
 福島第1原発の事故をめぐり、政府の事故調査・検証委員会が海外の原子力専門家から意見を聞く会合は25日、2日間の日程を終えた。専門家からは、日本の原発事故への備えの甘さや、政府による「冷温停止状態」宣言の拙速さを批判する声が相次いだ。
 米原子力規制委員会(NRC)元委員長のリチャード・メザーブ氏は、事故現場で線量計が作業員に行き渡るまで3週間もかかったことを問題視し、「信じられない対応だ。もっと早くそろえられたはずだ」と批判した。
 フランス原子力安全局長のアンドレ・ラコスト氏は、1999年の茨城県東海村での臨界事故や、2004年に関西電力美浜原発で起きた配管破裂事故を例に挙げ「日本では5年に一度、事故が起きていた。大事故があるなら日本だと思っていた」と、教訓を十分に生かしてこなかったことが大事故につながったとの認識を示した。
 韓国原子力協会長・張舜興(チャンスンフン)氏は、政府の「冷温停止状態」宣言に疑問を呈し「原子炉内の状態を特定せずに、どうして安全と言えるのか」と、拙速さを批判した。
 事故調も、安全意識の甘さがなぜまかり通ってきたのか、今夏の最終報告で解き明かす考え。委員長の畑村洋太郎・東大名誉教授は「安全文化という考え方に真正面から向き合わなければならないと感じた」と述べた。(福島民報)
 ↓
 以前にも書いたが、この国に「原発を持てるガバナンス」があるかどうか、一度真剣に考えてみることだ。
 これは決して他国にはある、という意味ではない。もしかしたら、すべての原発保有国の一番深刻な〈問題〉かもしれない。

2012年2月25日土曜日

福島市・伊達市など行政主導の一般(県外)ボランティアによる除染作業についての問題点

福島市・伊達市など行政主導の一般(県外)ボランティアによる除染作業についての問題点

【解説】
 以下は、福島の支援活動に関わる、あるNGOスタッフが書いた文章で、昨日、執筆者本人から私宛てに送られてきたものである。すでに東日本大震災の「復興支援」活動に関わるNGOのネットワークの間で公開されており、執筆者も公開を了解しているが、被ばく線量などの個人情報が記載されているので実名は伏せて掲載することにした。
 現場の経験に即しながら、福島県内の「ホットスポット」における「除染ボランティア」の問題点と提言がまとめられている。各地の「ホットスポット」の除染を今後いかに進めていくか。私も含め、すべての関係者が「答え」を模索している最中ではないだろうか。それを考えるにあたり、一つの参考になればと思った。
・・ 

 11月13日(日)に福島市の除染ボランティア(市社協がボランティア募集窓口)に参加してきました。除染作業に一般のボランティアを行政(形の上では社協だが)が募る仕組み自体に違和感を覚え●●の●●さんと一緒に体験取材することになりました。
 現場は玄米の放射性セシウムが基準値を超えて検出された福島市大波地区の民家の敷地周辺。各自軍手、使い捨てマスク、医療用のディスポグローブと積算線量計そして市社協のビブスを渡されました。マスクは環境省がその手引きで指定しているようなサージカルマスクや防塵マスクでもなくコンビニで売っている普通の風邪用のマスクです。
 社協のビブスを着ると傍目には震災支援をしている社協のボランティアにしか見えない。実際は市の除染作業を請け負う業者のやらない部分を作業する除染ボランティア。市の担当者の説明によると屋根や側溝など高所であるとか高線量であるなど危険な作業は業者がやりその他の作業をボランティアにやらせようということらしいです。
 線量計はリアルタイムに空間線量を測れるとのことでしたが私のものはモード切替ができませんでした。結果として[私は]12μSv被ばくしました。これまで平均で2、3μSvだったようで市の担当者もちょっと困ったような素振りをみせました。
 その日の夜に子ども全国ネットの人たちとも話し合い、いろいろ考えて論点を整理してみました。

1)構造の問題
 NGO・NPOの活動は安価な行政サービスとして存在するのではないという原則があります。
 今回の福島県の福島市、伊達市のように本来国の事業で専門的知識が必要とされる除染作業を一般を対象に募集したボランティアにさせることに疑問を感じます。
 同じことをやるにしても、どこがイニシアティブを取るかで意味が違ってきます。市民が主導で行うボランティア活動と同一に見ることはできません。まさに予算がないから無報酬のボランティアを動員するという考え方はあまりに安易であるばかりではなく、福島のために何かしたいという純粋な善意を利用した悪質な行為だと言えます。

2)命・権利の問題
 生活する上で危険なレベルの線量を除染によって下げるから避難する必要はない、安全だと言うための除染は矛盾しています。
 危険なレベルだとすればまず安全なレベルに下がるまで避難させるべきです。少なくとも避難する権利を認める必要があります。現状は国際法上も憲法を初めとする国内法にも違反しています。
 ちなみに日本では、年間5.2mSvを超えるような場所は「放射線管理区域」として、厳重に管理されなければならないことになっています。除染はあくまで避難とセットで実施されるべきです。

3)安全管理の問題
 福島市では市社協がボランティア募集を受け持っています。HPの情報を見て応募するシステムですが、除染作業でのリスクについて十分説明させれているとは言えません。
 また一般的に言って除染が必要なほど高線量の場所での活動にも関わらず出産する可能性の高い年齢層の女性を含む若年層の参加に制限も設けていませんし注意を喚起することもしていません。
 また作業中は積算線量計を各自携行することになっています。作業中の被ばく量を年間被ばく量に追加する形で計算するとしていますが、この計算は参加者個人に委ねられています。
 つまり主催者によって管理はされていません。作業中の被ばく量についても、同じ現場でもどのような場所で多く作業したかによって被ばく量は大きくかわります。[私は]今日の2時間の作業で12μSVも被ばくしました。(多くの参加者は2μSvー5μSvでした)

 年間積算線量の計算においても日本独自の複雑な計算方法を用いています。1日のうち屋内にいる時間を16時間とし、その分については「木造家屋の低減効果係数=0.4」を掛けて計算しています。
【一日あたりの線量を「a」として数式化すると((2/3(16時間/24時間)×0.4))a + ((1/3(8時間/24時間)))a = 0.6a】

 屋内での線量を6掛けするのは一見正確なように見えますが、そもそも正確を期すためには個人がどのような生活しているかによって被ばく量を割り出す必要があります。被ばく量は生活パターンによって大きく違ってくるからです。そのためには積算線量計で1か月どれほど被ばくしたかを計測し年間被ばく量を割り出す必要があります。
 除染において被ばくが許される被ばく量は現行の年間1mSvからその被ばく量と推定される内部被ばく量とを引いた部分です。内部被ばく量も個人の食生活などに大きく依存します。この年間積算被ばく量の計算は複雑になり個別対応は困難です。
 どちらにしても1mSvを基本にすることには無理がありますが、とりあえず1mSvを基準にしたところで東日本全体汚染されている現実を見ると被災3県以外でも普通に暮らしていて年間1mSVを超える空間線量の地域は意外に多いのです。言うまでもなく高線量の福島県に居住しているものが除染ボランティアに申し込む資格はもとよりありません。このような説明もHPにはありません。

 作業中の防護対策についても十分とは言えません。環境省の基準をも満たしていない使い捨てマスクの使用やゴーグルも準備されず、頭髪を隠すなどの注意喚起もありません。
 またさらに重要なことは事前加入のボランティア保険では放射線障害についてはカバーされないということです。このことは除染作業がボランティアの仕事として成立していないということを端的に示しています。行政が行う除染作業については万が一の保障を考えると雇用契約による労災加入が義務付けられるべきだと考えます。最低賃金のみ支給するとしても東京から来るボランティアに交通費を支給したと考えるとかなり割安なものになります。

 ただ、労災に加入したからといって晩発性と言われる障がいが自動的にカバーされるわけではなく、むしろ逆で裁判に持って行ったところで勝つ見込みのないでしょう。結論的には最低賃金どころか将来に渡るリスクを引き受けてもらうには一種「危険手当」を予め組み入れた割高な賃金を支払うことしか方法がありません。一般に呼びかける除染ボランティアはこの問題を巧妙に隠しています。

提言としては
・事前にリスクに関する情報を提供したうえでの申込みを受け付けること
・除染と避難を同時に行うこと
・個々の参加者の内部被ばくを含めた年間積算線量と作業中の被ばく量の計算を厳密にした上で参加資格の可否判断も含め主催者が責任を持って管理すること
・作業中の放射線防護対策を徹底すること
・ボランティアではなく最低でも労災加入が義務付けられる雇用契約を結ぶ「除染作業県外協力者」とすること。また除染業務そのものはリスクを引き受けて貰う対価として「危険手当」が加算されるべきである。

追加:
こども全国ネットの●○さんの補足
 今回の除染活動が他の震災のボランティア活動と違う点は、
1)東電という一民間企業の起こした公害という人災事故(天災ではない)の被害地域に対する支援活動であるので、単なる被災地ボランティアではないこと
  ⇒専門的な訓練を備えた専門業者が行うべき作業である。その補助的作業であるからボランティアではなく「放射線防護訓練」を受け、「労災加入」を義務づけ事後の補償を前提とした契約を結ぶ事。

2)除染計画の明示と廃棄物管理計画の策定
  線量別の作業計画とボランティアの関われる作業範囲の明示が必要であること。
  ⇒現在あちこちで除染活動が行われているが、除染地の線量もまちまちで作業方法も統一されていない。少なくとも線量別の作業管理と「一般協力者が請け負える(リスク管理が出来る)作業範囲」の明示が必要。(被曝前提の作業であるため、年齢制限や妊娠前の若い女性など健康上のリスク提示は必須)
  ⇒除染計画に基づき、「避難の上で除染する計画の徹底」
  ⇒廃棄物処理計画がはっきりしていない作業が多いと思われる。

 公園や近くの空き地での一時保管など二次災害に繋がる処理など現状の作業には課題が多く、人海戦術で対応しても無駄になる、または返って問題を起こす可能性のある除染になることもある。廃棄物処理計画を明確することを求める。
 いずれにしても、除染は大変リスクの高い作業であり、効果もまだ未知の領域ですし、国の指針は甘いです。リスク管理の指針づくりにはNPOなど民間からの提案が必須と思われます。
・・

【参考サイト】
●「原発震災に対する支援とは何か ―― 福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整理 猪飼周平
 「・・・では、ボランティア主導の除染体制とはどのようなものだと考えればよいであろうか。私の考えでは、次の5点がポイントである。すなわち、
第1に、ボランティアを含め住民支援という目標を共有できる、住民自身、ボランティア、地元業者、専門家、できれば行政からなる連携を構築すること、
第2に、放射線被曝に関する十分な情報がボランティアに提供されること、
第3に、困っている順番に除染することで、行政による除染と補完関係に入ること、
第4に、そのために、個人の除染ニーズに関する情報(行政保健師が相談を通じて収集しつつある)を、行政と市民セクターで共有できる体制を構築すること、
第5に、除染を行う人びとの被曝を最小限に抑える可能な限りの措置を講ずること、である。

 なお、最後に除染ボランティアに関して、一点解決すべき深刻な問題があることについては言及しておかなければならないだろう。それは、国が1mSv/y以上の地域の除染について責任を認めている点と関わっている。  現状では、ボランティアが除染をすると国の除染費用の軽減に役立つという構造になっている。だが、ボランティアは被災地の住民を支援したいのであって、原発事故に一義的な責任を負う国を支援したいのではない。現在の状況は、ボランティアが除染に関わることを抑制する状況となっているのである。

 したがって、除染ボランティアの十分な活用に際しては、彼らの活動と国の責任とが切り離されるような条件整備が必要となるだろう。たとえば、除染ボランティアの費用が最終的に国に請求され、国からの支払いが住民に還元されるような枠組みができれば、この問題は解決されることになる。このような法技術的な問題に詳しい人にはぜひこの問題の解決策を提案していただきたいと思う」・・・。
・・

 「このような法技術的な問題に詳しい人にはぜひこの問題の解決策を提案していただきたい」。

・・・
●「原発を問う民衆法廷第1回公判」 (iwakamiyasumi5)

柏崎刈羽原発、熱交換器建屋で煙 放射能漏れなし 東電、定期検査中の5号機
 25日午後11時35分ごろ、定期検査中の東京電力柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市、刈羽村)5号機の熱交換器建屋で煙が発生し、火災報知機が作動した。東電によると、外部への放射性物質漏れは確認されていない。地元消防が出動したが、煙だけで火は確認していないという。
 東電によると、原子炉に燃料はなく、使用済み燃料プールに全燃料が入っている。
 煙が出たのは、原子炉の冷却に使う熱交換器の配管腐食を防ぐための鉄イオンを注入するポンプの軸受け部分。ポンプは作動していた。 5号機の出力は110万キロワットで、1月下旬から定検入りしていた。同原発は3月26日、全7基のうち唯一稼働している6号機が定検のため停止し、東電管内の全17基が停止する。〔共同〕

処理装置から高濃度汚染水漏れる…外部流出なし
 東京電力は25日、福島第一原子力発電所の汚染水処理装置「サリー」(東芝製)の配管から、約10リットルの高濃度汚染水の水漏れがあり、装置を停止させたと発表した。 昨年8月から運用を始めたサリーで、水漏れが起きたのは初めて。外部への流出はないが、2系列あるサリーの一方は再稼働のめどが立っていないという。
 東電によると、同日午前8時半頃、作業員が配管の溶接部付近から1秒に1滴程度の水漏れがあるのを見つけた。汚染水の濃度は、セシウム134が1立方センチ・メートル当たり13万ベクレル、セシウム137が18万ベクレルと高濃度だった。
 東電は、溶接部が劣化した可能性があるとみている。停止させた系列の配管を交換して再稼働をめざすが、もう一つある米キュリオン社製の処理装置の稼働率を上げれば全体の汚染水処理に大きな影響はないという。(読売)
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 そういう問題?

2012年2月24日金曜日

パレットのデブリス①

とりいそぎ、以下の情報を伝えたい。

Official Transcript of Proceedings NUCLEAR REGULATORY COMMISSION
Title: Japan's Fukushima Daiichi ET Audio File

 この情報の発信源は
Burn: An Energy Journal

 今後、政府と国会の「事故調」の「最終報告」がまとめられることになっているが、これは、とりわけ「3・11」直後の日本政府・菅内閣の「原子力緊急事態」への対処が妥当であったかどうかを再検証するにあたり、きわめて貴重かつ重要な「第一次資料」の一つとなるだろう。
  BurnがNRCに情報開示を請求し、開示されたものである。

●もう一つは、静岡市の藁科の放射能汚染問題についてである。
 昨日、私は、とある「静岡の人間」と丸の内(東京)で話をした。
 藁科の放射能汚染問題については、昨年6月に問題になったことがある。
 一部の人々が知るように、静岡や神奈川の一部地域の放射能汚染については、福島第一ではなく浜岡原発を発源地とする「風評」が広がってきた。いろんな「状況証拠」や「証言」がそれを裏付けている、ようにみえる。
 重要なのは、政府は言わずもがな、県や市(一部周辺自治体)がその事実を知りながら、事実関係と汚染をめぐる情報を隠ぺいしている「疑い」がある(否定できない)、ということだ。
 行政に対し、まず徹底した情報開示を求めることが必要である。

●映画『核の傷:肥田舜太郎医師と内部被曝』」(UPLINK)

●「食品の新規制値」決定プロセスで現れた「やらせ」に抗議する 」(市民と科学者の内部被曝問題研究会 代表者 沢田昭二)

第26回「国際障害者年」連続シンポジウム
「障害者と原発問題 ―福島原発事故以後をどう生きるか― 」

■企画趣旨
この「国際障害者年」連続シンポジウムは、「完全参加と平等」をかかげた国際障害者年の理念をふまえ、国連決議の「企画の段階から決定まで、あらゆることについて心身障害者の参加が重要である」という視点に立ち、様々な社会問題について障害者の立場から問題提起するものです。今回のテーマは「障害者と原発問題」です。

 2011 年の東日本大震災は、地震と津波により多大な被害をもたらしました。さらに福島原発の大事故は、原発周辺の人々に深刻で甚大な影響をもたらし続けており、また放射性物質は日本全国に飛散しました。日本で生活する人は、これから先、何十年もの間、見えない危険と不安に悩まされることになります。
 大地震と津波、そして原発事故により、被災した障害者はこれまで以上に困難な状況に追い込まれています。避難所や仮設住宅は障害者への配慮が不十分でした。本人の意思に反して入所施設へと送られた障害者も多数います。またヘルパーが家族と避難するなどして、現地に取り残され大変な日常生活を送っている障害者もいます。とりわけ原発周辺の人々は見えない放射能被害に苛まれつつも、支援の手がほとんどそこに行き届かず、深刻で困難な状況の中で日常生活を送っています。そうした福島の障害者たちの現状は県外の人々にはほとんど伝わってきません。

 また、放射線による被曝は、すべての人の生命を危険にさらすものです。放射線もその影響も見えないなかで、「障害児や奇形児が生まれるかもしれない」という不安の声があります。そのような恐怖感に基づいて、だから原発に反対だという主張する人々がいます。しかし、このように「障害」のイメージを利用して恐怖を宣伝する語り方は、障害者差別の根底でもある「優生思想」そのものと私たちは考えます
 そこで、今回はまず、福島から「福祉のまちづくりの会」(福島県田村市)の鈴木絹江さんをお招きし、福島における障害者の現状と課題について基調報告をしていただきます。続けてシンポジウムでは、鈴木さんに加えて、東京から反原発運動の中の優生思想を批判してきた堤愛子さん、京都から、環境問題の視点から脱原発に取り組んでこられた槌田劭さん、JCIL で介助者をしながら反原発を訴えている橋本尚樹さんに参加していただき、報告、討論していただきます。
 福島の想像を絶する現状と課題しっかりと見据えつつ、これから障害者と健常者が共にどう生きていくのか、脱原発の課題は何かについて、会場のみなさんの意見もまじえながら、議論を深めたいと思います。
・・・

最高値は年470ミリSv 原発周辺の放射線量、環境省公表
 環境省は24日、東京電力福島第1原発事故を受けた警戒区域や計画的避難区域の一部で100メートル四方ごとに実施した放射線量の測定結果を公表した。年間の被ばく放射線量の最高値は、原発の北西に位置する双葉町で計測された470ミリシーベルト。文部科学省が航空機を使って実施した測定結果とほぼ同様、原発から北北西に向かって放射線量が50ミリシーベルトを超える地点が多くなっている。
 計測は、昨年11月7日から1月16日にかけて実施した。政府は警戒区域など2区域を4月から三つの区域に再編する方針。

原子力規制庁人事でルール 幹部は経産、文科に戻らず
 細野豪志原発事故担当相は24日、4月に環境省の外局として発足予定の原子力規制庁の人事に関し、経済産業省と文部科学省の出身者は、審議官級以上の「指定職」の幹部に就いた場合は両省に戻らず、課長や参事官以上の「政令職」も原則として両省には戻らないとのルールを決めたと発表した。
 内閣官房の準備室によると、指定職は7人、政令職は12人
 環境省内や原子力安全基盤機構などの独立行政法人への異動、出向はあるとしている。
 特定のポストを特定の省の指定席とはせず、適性と能力から規制庁長官が決めるとした。(共同)
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*「デブリス」とはdebrisのこと。

2012年2月22日水曜日

「廃墟となった大阪」?

「廃墟となった大阪」?

 「橋下イズム」が暴走を始めた。私にはそう見える。
 「こうなんのんと、ちゃうか?」と思ってはいたが、想定外の早さと速さだ。
 誰かが止めな、アカン。だけど、止めれるのは「大阪の人間」だけである。
 これから何度か「橋下イズム」について書くことになるかもしれない。その最初に書いておきたいこと、それがこの 「橋下イズムを止めれるのは「大阪の人間」だけだ」ということである。
 できるだけ、「大阪の人間」以外の人にもわかるように書くように努めたい。

 「「首都圏の「ホットスポット」の近隣に住む、とある自治会の役員」という「肩書」とは別に、「私は、一九六〇年代を[大阪の]小学生として過ごした世代の人間」という「経歴」を持っている。(『日米同盟という欺瞞、日米安保という虚構』の「あとがき」より)。「だから」、私は「「六〇年安保」の記憶はカケラもなく、「七〇年安保」についても、生まれ、育った大阪の街を労働者や学生たちが「安保粉砕」「安保廃棄」を掲げてデモ行進していた風景がかすかに記憶に残っている程度である。
 これはちょうど、今、二〇歳前後の人々が、「冷戦崩壊の記憶のカケラもなく、九・一一 の映像が記憶にかすかに残っている程度」というのに似ている」・・・、と「あとがき」は続くのだが、ここでは大阪で生まれ、育った人間の一人として、「橋下イズム」について考えてみたい。


 大阪に住んでいない、そんな「大阪の人間」が、「橋本イズム」を支える「大阪の人間」たちと共有できる思いがある。
①「なんで大阪はこうなってしまったんや。こんなはずやなかったやろ?」(大阪の「地盤沈下」)という思いと、
②「なんでもかんでも「東京」が大阪から持って行きよった。なんでやねん!」(東京への「一極集中」)という思いである。

 このような「大阪の人間」の深層心理に深く刻み込まれた「思い」が、歴史的に蓄積されてきたものであることを、大阪以外の人たちは知っておく必要がある。「近年」で言えば、徳川幕藩体制の確立以降、「明治維新」以降、そして「戦後」を三つの節目とする。「大阪/大坂の「自治」」は、これらの「節目」ごとに江戸/東京に奪われてきたからだ。
 この「東京」=「国家権力」=霞が関に対する怨念にも近い「大阪の人間の思い」に内在しない、大阪以外の地域や「大阪の人間」以外の人(政治家であれ学者であれ)の「橋下バッシング」は、その意図とは裏腹に、「大阪の人間」の反感を買うだけである。逆効果なのだ。 去年の選挙を総括しよう。「愚民」という言葉は、絶対に使ってはいけない言葉である。どこの人々に対してもそうだが、とりわけ「大阪の人間」には。

 「大阪の人間」は、自分は変わらず人を変えようとする。食、言葉、「お笑い」など、「文化」の領域においてそれは最も顕著である。  〈他者〉を受け入れているようでいて、〈他者〉を同化しようとする。自分は、「郷に入って、郷に従う」ことなく〈他者〉に従わせる。これについてゆけなくなった人々は、大阪を「大阪の人間」もろとも嫌いになる。

 どこの地方にも、こういう傾向は多かれ少なかれ、ある。間違いなく、ある。私は昨日と今日、所用で(南)房総に行ってきたが、「地域の誇り」はどこも強烈である。(これについては機会のあるときに、また触れたい。)
 しかし、大阪のそれはきわめて特殊であり、〈他者〉にとって強烈すぎるほど強烈である。
 〈他者〉に嫌われようがどうしようが、「大阪の人間」は意に介さない。自分たちを「地方」と考えておらず、言ってみれば、「自分たちは特別」と考えているからだ。 もっと極端で悪質な場合には、本気で「日本の中心」とまで考えている「連中」がいる。
 「大阪の人間」は、そういう「大阪人」や「大阪の在り方」が、ここまで大阪をダメにしてしまった、ということに気づかない。
 だから、「大阪問題」と「橋下イズム」の根は、とても深いのである。

・・・
橋下市長:小中学生に留年検討 大阪市教委に指示
 大阪市の橋下徹市長が、小中学生であっても目標の学力レベルに達しない場合は留年させるべきだとして、義務教育課程での留年を検討するよう市教委に指示していたことが分かった。法的には可能だが、文部科学省は年齢に応じた進級を基本としており、実際の例はほとんどないという。
 橋下市長は、市教委幹部へのメールで「義務教育で本当に必要なのは、きちんと目標レベルに達するまで面倒を見ること」「留年は子供のため」などと指摘。留年について弾力的に考えるよう伝えた。
 文科省によると、学校教育法施行規則は、各学年の修了や卒業は児童生徒の平素の成績を評価して認定するよう定めており、校長の判断次第では留年も可能。外国籍の生徒で保護者が強く望んだ場合などに検討されることがあるという。
 市教委も「学校長の判断で原級留置(留年)できる」としているが、実際は病気などで出席日数がゼロでも進級させているという。担当者は「昔は長期の病気欠席などでごくまれにあったと聞いているが、子供への精神的影響も大きい」と話している。 橋下市長は22日に予定されている教育委員との懇談で義務教育課程での留年について提案、意見を求める予定という。【毎日、林由紀子】

大阪府の職員基本条例と教育基本条例成立へ 府議会開会(朝日)
橋下市長のメール調査「幹部150人名指しで」(読売)
大阪市:職員のメール調査 通知せず2万3400人分(毎日)
大阪市アンケート「違法のおそれ」 府労働委が勧告書(朝日)

【補足】
① 「廃墟となった大学」との関連で言えば、大阪が「地盤沈下」「液状化」「下流社会」「超格差/貧困社会」をさらに超えて、本当に「廃墟」になってしまうかどうかは、「大阪の大学」がこれから何をするか、何とたたかおうとしているのかが、その鍵を握っているという言い方もできる。
 大阪市大と府大の「統合」問題については、第一回目の「検討協議会」が今月初旬行われた。
 大阪市大当局は、「検討協議会」設立に先立ち、「統合」に関する声明を昨年末発表している。
・・
2.法人統合の意義
◦法人統合により公立大学として最大規模の2大学を擁する大きな法人が誕生し、効率的な運営が図られます。
◦また、公立大学は、国立大学と異なり独自の法を整備されておらず、地方独立行政法人法において借入金ができないなど様々な制約があり自律した運営を妨げていますが、統合を機に、今後の公立大学法人制度の改革へ向け大きな役割を果たしていきたいと考えております。
◦一方、教育や研究に関わっても、これまで本学が重点的に取組んでおります「分野の垣根を越えた複合的な教育研究」について、府立大が身近となり、本学に無い分野の研究者交流も活発になることなどにより、一層発展できるのではないかと考えております。また、単位互換制度の充実や、両大学の学生交流事業等の充実、産学連携やシンポジウムなど合同イベントの開催などを、法人として一元化して取り組むことが可能となります。
◦このように法人統合には、様々な効果が考えられ有効な手法であると考えております。

3.新たな市立大学像
◦本学は、「グローバルな都市研究の創造拠点」として都市の多面的な課題に先端的研究で取り組み、医学部を擁する総合力の高いコンパクトユニバーシティであり、また少人数教育、都市研究拠点といった伝統・特徴があります。こういった特徴を活かして、視野の広い専門人材など社会が求める人材の育成や、多面的な都市研究への迅速な対応といった使命があると考えています。
◦両大学とも、社会が求める人材を育成し、大阪、関西の発展に貢献していきたい強い思いは同じであります。法人統合により、それぞれの大学の強みをさらに強化し、弱みを強みに変えることも可能になると考えています。
◦両大学が、密接な連携とともにそれぞれの伝統や個性を活かしながら切磋琢磨する法人が設立されれば、大阪・関西にとって大きな知的拠点となりその発展に貢献できることとなります。本学としましても、これを機に本学がめざす方向性に沿い、府立大とともにアジアの先端をゆく大学として新たな姿を示していきたいと考えております。
◦なお、今回進めていく方針は、本学の教育研究の更なる発展をめざした経営主体の一元化であり、来年度の本学の入試や教育内容等には何ら影響はありません。
 大阪市立大学長  西澤 良記
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 そういう問題、だろうか?
 ここには、「(行政)権力からの大学の自治・自律」という言葉が、空虚/虚空に響く大阪市大の痛々しい姿がある。
 「大学としての生き残り」しか頭になく、「〈権力〉とたたかえない大学」の姿がある。それは、これまで一度も〈社会〉にオープンでなかった「大学」の歴史的帰結でもあるのだろう。
 それにしても。一般企業でさえ「ありえない」と広く考えられている「相対評価」が「統合」した大学の「現場」に持ち込まれたら、「現場」はどうなるのか?
 大阪がまだ「廃墟」でないとしても、「たたかい」を捨てた「現場」から「廃墟」となってゆくことだけは確かだろう。
●「大阪府立大学問題を考えるシンポジウム」 

 「行政改革会議」の「最終報告」(1997年12月)は、「橋本イズム」の「そもそもの始まり」を知るにあたっても、貴重な資料の一つである。
 下にある「中央省庁の在り方」は、そっくりそのまま「自治体行政の在り方」や「大学という官僚機構の在り方」についても言えることを念頭に置きながら読んでいただきたい。
 問題は、この15年の間に、いったい「中央省庁の在り方」「自治体行政の在り方」「大学という官僚機構の在り方」に、何か「改善」の兆候が確認できるかどうか、にある。読者の「評価」はどうだろう。
 引き続き、検討を加えてゆくことにしたい。 

・・
Ⅲ 新たな中央省庁の在り方
1 基本的な考え方
 中央省庁の再編を中心とする今回の行政改革の基本的な目的は、制度疲労に陥りつつある戦後型行政システムから、21世紀にふさわしい新たな行政システムへ転換していくことにある。
 欧米先進国へのキャッチアップを課題とした時期に形作られた現行制度は、今日にあっては、その総合性、機動性、効率性、透明性、国際性等の各側面において様々な機能不全を生じている。
 その背景には、各種の社会経済的要因が複合的に存在していることは言うまでもないが、改革を進めるに当たっては、
○ 行政の責任領域の肥大化と重点領域への取組みの遅れ、
○ 政策の企画と事業の実施の渾然一体化に起因する企画・実施双方の機能の硬直化、
○ 客観的政策評価機能の欠如

といった問題点の解決が焦点とならなければならない。

(1) 国の果たすべき役割の見直し
① 21世紀の日本にふさわしい行政組織を構築するには、まず、国家行政の機能とその責任領域を徹底的に見直すことが前提となる。「官から民へ」、「国から地方へ」という原則がその基本とならねばならない。規制緩和や地方分権、官民の役割分担を徹底し、民間や地方にゆだねられるものは可能な限りこれにゆだね、行政のスリム化・重点化を積極的に進める必要がある。
 今日、公共性の空間は、もはや中央の官の独占物ではなく、地域社会や市場も含め、広く社会全体がその機能を分担していくとの価値観への転換が求められている。
② 具体的には、国の行政の果たすべき役割を、以下のような観点で見直す必要がある。(詳細は後掲「Ⅳ 行政機能の減量(アウトソーシング)、効率化等」参照)

ア 官民の役割分担
 国の事務・事業は、官民の役割分担の適正化の観点から、行政改革委員会の「行政関与の在り方に関する基準」を基本とし、民間でできるものは民間にゆだねる、市場原理と自己責任原則にのっとり、民間活動の補完に徹する、との基本的な考え方をとるべきである。
 具体的には、社会情勢変化などにより存続意義の失われた事務・事業からの撤退、自立的精神と自己責任の原則の下での過度な行政の関与の廃止、特定産業の保護・育成行政からの撤退、所得再配分事業の限定などに努めなければならない。

イ 国と地方の役割分担
 国と地方の役割分担の観点から、地方分権を推進し、国の事務・事業は、国家の存立に直接かかわる事務、全国的に統一されていることが望ましい基本ルールの制定、真に全国的規模・視点で行われることが必要な施策・事業に純化すべきであり、地域行政は、基本的に地方公共団体の手にゆだねられるべきである。
 具体的には、機関委任事務の廃止、国から地方への権限委譲、国の関与や必置規制の廃止・縮小、補助金の整理・縮小、地方財政の自立性の強化などに努めなければならない。
・・

 言うまでもなく、ここには「官僚制批判」と、後に「市場原理主義」と批判される理念が混在している。後者を合理化するために前者が持ち出されている、という分析も成り立つだろう。
 しかし、注意しなければならないのは、後者を強調するあまりに前者が相対化され、後退してはならないということだ。「橋下イズム」を批判する場合でも、この点を見失ってしまうと、どのような立ち位置で何を問題にしているのか、論点が混乱し、錯綜するだけである。 

・・・
・アフガン:米軍がコーラン焼却、全土で抗議デモ
 アフガニスタンの首都カブール北方にあるバグラム米空軍基地で20日、イスラム教聖典コーランなどが大量に焼却されたとして、アフガン人2000人以上が抗議デモを実施。デモは22日、アフガン全土に拡大し、ロイター通信によると、暴徒化したデモ参加者とアフガン警察との衝突で住民計3人が死亡、治安部隊と住民数十人が負傷した。
 パネッタ米国防長官は21日、聖典焼却の事実を認めて謝罪したが、かえって住民の怒りを増幅した模様だ。カブールでは、抗議デモ参加者が「米国に死を」「カルザイ(大統領)に死を」などと連呼。参加者は、外国人が利用している宿泊所に放火し、カブールの米国大使館職員は施設内に閉じこもった状態という。
 一方、中部パルワン州では住民が政府庁舎などを襲撃し、警察の発砲で2人が死亡。デモは東部ジャララバードや西部ヘラートでも起きたという。【毎日、ニューデリー杉尾直哉】

米国が対シリア政策を転換か、反体制派に武器供与の可能性示唆
 米ホワイトハウスと国務省の報道官は21日、反対派への弾圧が続くシリア情勢について、政治的に解決できない場合は他の選択肢も検討するとし、反体制派への武器供与の可能性を示唆した。ホワイトハウスのカーニー報道官は「現在でも政治的に解決されるべきだと考えている。シリアのさらなる軍事化につながるような措置は避けたい」としながらも、「追加措置を排除しない」と語った。また、国務省のヌランド報道官は、反体制派への武器供与について米国が方針を変えたのかとの質問に対して、「(シリアの)アサド大統領がわれわれの圧力に屈しないなら、追加措置を検討する必要があるかもしれない」と述べた。
 これまで米国は反体制派への武器供与は行わない方針を強調し、他の選択肢についてもほとんど言及していなかったが、各報道官によるこのような発言は対シリア政策の転換を示唆するものとみられる。
一方、クリントン国務長官は24日、チュニジアの首都チュニスで開催される、関係国による連絡グループ「シリアの友人」の初会合に参加し、約70カ国の代表者らと今後の対シリア対策を協議する。[ワシントン/アンマン 22日 ロイター] 

批評する工房のパレット」内の関連ページ
「「保護する責任」(R2P)と現実政治(power politics)」その他

2012年2月18日土曜日

千葉県柏市の「明るい未来プロジェクト」

千葉県柏市の「明るい未来プロジェクト」

 今日、東大とかいろんなものと一緒に、「ホットスポット」まで「集積」してしまった千葉県柏市で、「シンポジウム 民・公・学で挑む、オール柏の除染計画‐安心へのロードマップ」が開催される。
 私は、「首都圏の「ホットスポット」の近隣に住む、とある自治会の役員」として千葉県柏市の動向を注視している。とくに、「除染ボランティア」の動きについて。柏市の行方は東北・首都圏各地の「ホットスポット」の未来を映す鏡となるからである。それが本当に「明るい」ものとなるか、「暗い」ものとなるか・・・を。

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講演
・森口祐一教授(東京大学大学院 ) 「放射能汚染の実態に基づく柏スタイルの除染」
・押川正毅教授(東京大学/つながろう柏!明るい未来プロジェクト・アドバイザー)「なぜ柏市で放射線対策が必要か?」
・秋山浩保柏市長 「市の除染計画について」
・川田晃大代表(つながろう柏!明るい未来プロジェクト) 「未来の為に、僕たちができること。」
・・

 何か参考になる報告すべきようなことがあるかどうか。「報告」を待って考えたい。

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速報
 「会場は満席で、ロビーにも入り切れなかった人たちがいた」。
 「報告」を要約すると、森口氏の講演は、「「自分は原子力ムラの人間ではない」という自己弁明がくどかった」、押川氏は「「なぜ柏市で放射線対策が必要か?」、とても分かりやすく説明されていた」。
 市長と川田氏については、「熱意は伝わった」。ただ、「情報」としては、「とくにネットで公表されている以上のものはなかった」。「除染ボランティア」については「保留」、だそうだ。
 結局、「国の除染方針が非現実的なのが問題。以上」。
 「写真撮影禁止」だったとか。
・・

 「国の除染方針が非現実的なのが問題」というのは理解できる。しかし、私は「柏スタイル」の「除染対策」には、汚染と除染に関する東電、また国と自治体の責任を、結局は、市民の側に転嫁し、負担を強いているという点において問題が残ると考えている。だから、「除染ボランティア」に関しては、「市民が動くしかない」という理屈は十分に理解できるが、やはり、反対である。
 今回のシンポジウムで問われていたのは、「民・公・学」の代表者と参加者間での、こうした問題に対する代表者側の立場・意見表明と、会場参加者との意見交換だったのではないかと思えるのだが・・・。

 私有地・民家等々の除染費用に関しては、市は他の自治体とも連携しながら、国と東電に請求するとしている。しかし、私の知る限りでは、国も東電も返答を拒否している。しかも、これまでの市の住民説明会では国と東電を代表する者からの謝罪の一言もない、という。毎回、これに対する参加者からの批判が出るが、市は態度を明確にしていない。

 つまり、福島県外の「ホットスポット」をめぐる「除染対策」への市民の動員は、当初から「筋違い」という問題をはらんでいるのではないか、と思うのだ。 
 たとえば、ここに「人事院規則10-13(東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等の除染等のための業務等に係る職員の放射線障害の防止)等の制定に係る放射線障害の防止に関する技術的基準の策定について(諮問)」がある。
 除染に関与する国家公務員と地方公務員には、このような「放射線障害の防止に関する技術的基準」が策定される。国や自治体は各「スポット」に派遣する「職員」の「放射線障害の防止に関する技術的基準」を事後的にであれ整備し、動く。逆に言えば、こうした基準が策定されるまでは動かない(だから、市民を動かす?)
 では、その場合、一般市民の「放射線障害の防止」の「基準」はどうなるのか? 「障害」が起きないことを誰が保障し、起きた時に誰が補償するのか? 国?東電?自治体?

 こういう言い方は、できるならしたくはないが、行政(公務員)というのは(「学」も含めての話だが)、まず「自分たちをいかに守るか」を考える。市民(学生、非常勤職員・講師)、「下々」のことは二の次、三の次になる。と言うより、「考慮の埒外」に置かれるのが常である。(柏市の「ホットスポット」は、周知のように、3月下旬の段階で「発見」されていた。国と市の対応はあまりに遅すぎたと言えるし、「学」の問題で言えば、今、阪大その他の「国立・公立大学法人」で何が起こっているのか、内情を知る人にはわかるはずである。)
 柏市の「ここ掘れワンワン隊」の人々を含め、各「ホットスポット」の自治体の「除染ボランティア」を市民の側から組織している人々、また森口・押川両氏などの「学」の代表者は、この問題から解決すべきではないか。私はそう思うのだが、どうだろう。
 引き続き、考えたい。

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2/29
千葉・流山市が除染計画 重点調査104市町村で初
 千葉県流山市は29日、放射性物質汚染対処特措法に基づく「汚染状況重点調査地域」に指定された東北、関東8県104市町村で初めてとなる除染実施計画を策定し、国に認可されたと明らかにした。
 計画によると、子どもが日常的に利用する市内の小中学校や保育所、幼稚園など78施設について、12年度末までにすべて除染を実施。3月中旬にも表土除去などを始める。
 「地表からの高さ5センチで0・23マイクロシーベルト未満」とした独自の除染目標値を定め、国の基準(高さ1メートルまたは50センチで0・23マイクロシーベルト以上)で対象外となる施設については、市が費用を全額負担する。【共同通信】
 ↓
 流山市の除染予算は14億円を超える。誰が負担するのか?

2/22
都立公園で放射線測定…都「除染必要なし」
 共産党東京都議団は21日、東京都葛飾区の都立水元公園内の土などから、最高で1キロ・グラムあたり2万3300ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表した。
 同都議団が15~20日、同公園の4か所から土壌や落ち葉を採取し独自に測定した。その結果、野鳥観察舎の入り口の表土から2万1700~2万3300ベクレル、他の3か所も1180~1万4000ベクレルと比較的高い放射線量が検出された。
 地上1メートルの空間放射線量は最大で毎時0・74マイクロ・シーベルトだった。文部科学省は除染などの対応が必要な基準を「周辺よりも1マイクロ・シーベルト以上高い数値」の出た場所としており、都環境局は「現段階では除染の必要はないと考えている」としている。(読売)
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 何かと言えば国と霞が関を批判する石原都政は、除染に関しては国と霞が関の方針を踏襲するのだろうか?
都は都民を守らない?

福島第1原発事故 個人除染、一転助成 国と福島県「計画策定まで」
 東京電力福島第1原発事故で、これまで交付金の対象外だった個人が支出した除染費用について、国と福島県は一転して助成することを決めた。国は昨年9月、助成対象を「自治体が除染した場合」との方針を示したが、すでに先行して除染を進めている住民から方針変更を求める声が出ていた。ただし、「市町村の除染計画策定前まで」(???)との条件付きで、計画策定から本格実施まで時間がかかる中、一層の条件緩和を求める声が強い。
 昨年9月に示された国の除染方針では、特に高線量の地域は国の責任で除染、それ以外は自治体が除染するとしたが、個人で除染したケースは考慮されていなかった。  国と県によると、個人が業者に依頼して除染を実施した場合、市町村が業者に委託したとみなして、現行の仕組みの中で交付対象に含めることが可能とした。高圧洗浄機の購入費も対象で、県は4月までに支払いを始める意向だ。

 一方、環境省は「計画策定後の個人除染は計画を逸脱した行為で、認め出せば際限がなくなる」として「市町村の除染計画策定前」に限定した。その理由を、計画に基づいた面的除染の方が個人除染よりも効果を期待できる(???)と説明している。  これに対し、昨年9月に県内で初めて除染計画を作った福島市は「策定時期は自治体でばらつきがあり、不公平だ」と主張する。
 さらに5年計画で除染する市は「町中心部で始まるのは早くて今年夏以降。自分たちの健康を守るために待てないと、市民が除染した場合は対象にすべきだ」とし、改善を求めていく考えだ。同市はこれまでも個人の除染費用の補償を国や東電に要請していた。 実際に交付事務を担当する県は領収書など除染に関する証明書類をどこまで住民に求めるかなど基準作りにも頭を悩ます。

 県は「県民が除染費用を払ったのに戻らないのはおかしい」との立場をとっており、交付対象から漏れたとしても、住民が東電に賠償請求する際に支援できないかの検討も進めている。
 個人による除染費が認められることについて、福島市大波地区の住職、佐藤俊道さん(61)は「当たり前のこと」と述べた。
 佐藤さんは昨年夏に高圧洗浄機を約4万円で購入。約10万円をかけて市内の清掃業者に除染を依頼した。空間線量は自宅脇の側溝で毎時10マイクロシーベルトから2マイクロシーベルトに下がったが、今は3マイクロシーベルト近くに戻った。
 今後は梅雨時などに周辺の山から放射性物質が土砂とともに流れ込み、線量がさらに上昇する可能性がある。  同地区は市による面的除染のモデル地区で、3月末に全戸で除染が完了する見込みだが、佐藤さんは「除染は長く続く闘い。自治体による除染後も、我慢の限度を超えれば個人で除染する人も出てくる」として、除染計画の策定時期で区切る国の姿勢を批判した。(毎日)
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 千葉県や柏市、その他「ホットスポット」の自治体も、福島県・福島市の方針をモデルとすべきである。

「線量リアルタイム測定システム」10分ごとの結果公開(福島民友)

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新たに3カ所で毎時1マイクロシーベルト超え 県立柏の葉公園
 県は十六日、柏市の県立柏の葉公園で、毎時一マイクロシーベルト(地上一メートル)を超える空間放射線量が三カ所で新たに計測されたと発表した。周辺を立ち入り禁止にした上で、除染の準備を進めている。
 県公園緑地課によると、一マイクロシーベルトを超えたのはいずれも駐車場内の集水口付近で、毎時一・七九~一・〇三マイクロシーベルトだった。同園では十日に地上五十センチで、九カ所から一マイクロシーベルト超を計測していた。 (東京新聞、千葉・堀場達)

GPS搭載車で線量測定へ 守谷市、地図作成し除染活用
 放射線除染計画策定を進める守谷市は16日、汚染マップづくりの基礎データにするため、衛星利用測位システム(GPS)と連動する計測装置を搭載した車による放射線走行測定を20日開始すると発表した。計測装置は、京都大学と民間企業が開発した「KURAMA」で、瞬時にデータ化する特色がある。測定車は、3秒に1回の空間放射線測定(地上1メートル)を繰り返しながら、時速40〜50キロで市内の道路394キロを約2週間かけて走る。
放射線物質汚染退所特措法で、汚染状況重点調査地域に指定されている同市は、走行測定後、放射線量計貸し出しなどで市民から報告される測定値、市が実施している定点測定値を取り込み、3月中に放射線測定図を作成し、除染計画に活用するという。 (茨城新聞)

放射性物質:食品セシウム新基準 検査機器精度不足に苦慮(毎日)
⇒「つづき」を書く余裕がなくて困っているが、「数値に翻弄される社会」へ。 

「賠償、帰村後も継続検討」細野原発相が川内村住民に
 細野豪志原発相は18日、東京電力福島第一原発事故で住民の大半が避難する福島県川内村を視察し、住民と意見交換した。村は4月1日に公共施設を再開して住民の帰宅を進める「帰村宣言」をしている。細野氏は、帰村後も東電からの損害賠償が続くよう検討していることを明らかにした。
 住民の帰宅後も東電の賠償が続くかどうかははっきり決まっていないが、細野氏は「帰村で賠償が終わると、帰村の妨げになる。賠償が打ち切られることがないよう政府内で協議している」と説明。「できるだけ早く結論を出したい」とした。住民からは徹底した除染を求める意見も出たが、細野氏は「放射線量が年間2ミリシーベルトなら、住んでも大丈夫と断言する」と語った。(朝日)
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 国は本当に「放射線量が年間2ミリシーベルトなら、住んでも大丈夫と断言」できるのだろうか? 森口教授の見解を聞いてみたいものである。

南相馬市で「108万ベクレル」 市民団体、土壌を測定
 福島県南相馬市の市民団体「フクシマの命と未来を放射能から守る会」が20日、南相馬市で記者会見し、市内の旧緊急時避難準備区域(昨年9月解除)だった駐車場の土壌を測定した結果、最大で1キログラム当たり約108万ベクレルの高濃度の放射性セシウムを検出したと発表した。
 東京電力福島第1原発事故で南相馬市には局地的に放射線量が高い「ホットスポット」が点在しており、団体は「放射能の危険が足元に迫っている。早急に状況を把握すべき緊急事態だ」と指摘している。 神戸大の山内知也教授(放射線計測学)が団体から依頼を受け、昨年12月21日に南相馬市内の土壌を採取し測定した。(共同)

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産官学で政治指導者育成「アカデメイア」誕生へ
 産官学の交流を通じて次世代の政治リーダーの育成を目指す組織「日本アカデメイア」(事務局・日本生産性本部)が19日に発足する。
 牛尾治朗ウシオ電機会長、緒方貞子国際協力機構理事長、古賀伸明連合会長、浜田純一東大学長らが呼びかけた。政治家と経済人、官僚、学者らのつながりが希薄になっている(???)として、意見交換する交流の場を設け、次の日本を担う政治家を育てるのが目的だ。趣意書によると、「日本の公共を立て直すための各界をつなぐハブ組織で、人材と知と経験の交流の場」を目指すとしている。今後3年間で集中的に活動し、与野党の国会議員や官僚のほか、学生らも交えて意見交換する場を設ける。19日に東京都内のホテルで、交流の場に参加予定の国会議員らを招いて発足懇親会を開く予定だ。(読売)
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 かの「日本生産性本部」。「全国大学共通学力テスト」と「日本アカデメイア」。
 どちらも、「誰が仕掛けているのか?」という問いを中心にして考えるべきである。
 今年は、「ポスト民主党」に向けた「政界再編」の動きが本格化する年になる。それを仕掛けているのは誰か?

2012年2月17日金曜日

「廃墟となった大学」

「廃墟となった大学」


 受験シーズンたけなわ、である。
 昨日、とある大学の教授からメールをいただいた。メールには、昨日報道された「全国大学共通テスト」の記事が添付されていた。
 教授はこのように書いていた。「記事を目にして、深い絶望と怒りがこみあげてきました。何もわかっていない連中、現場を知らない連中が、国の意思決定に関わり「改革」だの「維新」だのと愚民を煽る。すぐには無理かもしれませんが、廃墟となった大学のそとで、学問をするための市民的公共空間が必要だと思っています。」 

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大学生に成長度テスト検討 「勉強しない」汚名返上へ
 日本の大学生は勉強しない――。そんな汚名を返上しようと、文部科学省は、現役学生向けの「共通テスト」を開発する検討に入った。入学後と卒業前に2度受験すれば、在学中の学習成果の伸びが客観的にわかるようにする。結果を分析してカリキュラムの改善に役立てたい考えだ。
 大学生の「能力測定」と位置づけ、年に1回、読解力、論理的思考力、批判的な思考力、文章表現力などを問うことを想定。大学の講義にどれくらい主体的に参加しているかといった学習態度のアンケートも課す。同じ学生が2度受ければ、成長度(?)を「可視化」できると期待する。
 対象は全国の大学。大学として参加するかどうか、何人の学生を受験させるかなどは、各大学の判断に任せる。文科省は、伸びが著しい大学の取り組みを公表するよう促すなど、成果重視の仕組みを作る。文科相の諮問機関である中央教育審議会の大学教育部会で具体的な検討を進める。
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 ほとんど、「何かの冗談?」と思わせる記事だ。
 しかし、「現場を知らない連中」は本気である。あるいは、「現場」を知らないから本気になれる、と言うべきか。
 私がここに見るのは、「国際競争力の低下の原因=学生の学力低下」という"Disaster"(と「現場を知らない連中」が定義するもの)に「便乗」し、制度的・機構的「自己革新」を図りながら、制度的・機構的な「自己増殖」を企てようとする「教育行政官僚機構」の姿である。
 大学にこだわる人たちは、これから「現場」でどこまでこれに「抵抗」するだろう。いや、今、大学を「廃墟」と捉えている大学人、「大学のそとで、学問をするための市民的公共空間」の創出をめざそうとする人々はどれくらいいるのだろうか・・・。
 そんなことが、ふと頭によぎったメールだった。


 日本の大学が「廃墟」になったと認識するか否かは、大学関係者や部外者それぞれの主観の問題である。しかしもしも「廃墟」というなら、「廃墟になる前」の大学像があったはずである。日本の大学は、いつ、「廃墟」に向かって歩み始めたのか。

 「行政改革会議」の「最終報告」(1997年12月)。ここで現文部科学省が、当初の構想では「教育科学技術省 」となっていたことに注目したい。どうやら大学の「廃墟化」の起源は、このあたりに辿れそうだ。「失われた10年」の真っ只中、国立大学の(独立行政)法人化の7年前である。
 「報告」の「Ⅳ 行政機能の減量(アウトソーシング)、効率化等」。そこに国立大学「改革」の基本的指針が述べらている。
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① 国立大学
ア 国立大学改革の基本的な方向

 国立大学は、国際化、少子化、高齢化、情報化、産業構造の変化など社会が大きく変化する中で、教育研究の質的向上や組織・運営体制の整備、各大学の個性の伸長、産業界、地域社会との有機的連携、教育研究の国際競争力の向上等に積極的に取り組むことが必要になっている。
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 と、 「現場を知らない連中」は言った・・・。以下、同じ。

イ 具体的な大学改革の方策
a 国立大学の自主的改革の推進と情報公開、評価システムの充実
 国立大学の多様性にかんがみれば、各大学が主体性と責任を有し、競争的な環境の中で、特性を生かしつつ諸課題に取り組んでいくことが求められる。このためには、各大学ごとの情報公開と透明性の確保、評価システムの充実をさらに推進する必要がある。
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 大学の「主体性と責任」とは何か? 

b 組織・運営体制の整備
 各大学が主体性と責任を有し、組織として適切な意思決定を行い、実行に移すためには、組織・運営体制の整備が不可欠である。
 具体的には、外部との交流促進も含めた人事制度及び会計・財務面での柔軟化を図る必要がある。この際、高等教育行政と各大学の関係を見直し各大学の自主性を高めるための方策として、外部資金の積極的導入、国費投入・配分基準の明確化・透明化、競争的資金の充実等についても早急に検討を行う必要がある。

 大学組織の権限と責任の明確化、事務組織の見直し
 学長、学部長などの執行機関の管理運営機能の強化を図るとともに、評議会や教授会などの審議機関についての在り方を見直し執行機関との間の権限と責任の明確化、意思決定手続の明確化を早急に行う必要がある。また、事務組織の簡素・合理化、専門化についても、早急に整備する必要がある。

ウ 大学改革の進め方
 国立大学については、上記のとおり、高等教育行政の見直しも含めた、組織・運営の在り方の改革を早急に推進する必要がある。
 さらに、独立行政法人化は、大学改革方策の一つの選択肢となり得る可能性を有しているが、これについては、大学の自主性を尊重しつつ、研究・教育の質的向上を図るという長期的な視野に立った検討を行うべきである。また、大学の機能に応じた改組・転換についても、併せて積極的に検討する必要がある。
・・

 私はこのブログで、国家・産業との関係において「自治(autonomy)なき大学は自壊する」と書いたことがある。今、この大学「改革」の「基本的方向性」を読めば、「学力低下」が叫ばれる現役の受験生だって大学が「廃墟」になってきた「法的根拠」とその軌跡が理解できるのではないか、改めてそう思う。

 問題の核心は、国の「高等教育行政」を司る「教育科学技術省」の、大学との関係における機能や権限とは何かを、大学の側から定義しきれないまま、大学が「独立行政法人化」の道を歩んでしまったことにある。
 日本のほとんどの自治体の首長が、「首」を市民ではなく霞が関に向けているように、大学の総長(学長)室・評議会・理事会も霞が関に向けている。「現場を知らない」天下りの「理事」「事務方」が霞が関との「パイプ役」となりながら、目を光らせている。 つまり、大学が学生・「保護者」・納税者に議論を開放し、「官製版大学解体粉砕」を掲げ、国と全面的にたたかう姿勢を見せなかったことが大学の「敗北」→「廃墟」化の根本原因なのだ。(⇒「団塊の全共闘世代」の大学人は何をしていたのだろう。「昇給・身分保障・定年引き上げ」の三点セット?)

 各大学は「産学連携」における「利益相反」のガイドラインを、一応、まとめてきた。しかしそれ以前に、大学の「研究・教育」と「教育科学技術省」の大学行政との間の「利益相反」、言わば「官学連携」における「利益相反」を、国大協・各大学(各学部・学科、各研究室、各大学人)の側から定義すべきだったのである。私大協、各私立大学にしても。

 ここで、昨年来の、たとえば南米チリやコロンビア、欧米各国の国立大学の学生・教員のゼネストをも含めた「民営化」に対するたたかいを、その分析をもまじえて紹介できればよいのだが、その余裕がない。「全国大学共通テスト」に戻ろう。


 公立の小学校や中学校じゃあるまいし、国公私立を網羅した「全国大学共通学力テスト」なんて「ありえない」としか思えない私には、これが具体的にどのように実施されるのか、まったくイメージできない。しかし中教審が「検討」に入ったということは、すでに方針化されていることと同義である。 一部大学で「実験」が行われ、数年後には、「九月入学」のように、徐々に徐々に「右にならえ」が増えるだろう。
 日本の大学は、いやこの国はどうなってしまうのだろう?

 『大学を解体せよ』にはいくつかの論点があった。ここで三つだけあげると、それらは、
①「教育の社会的資本過剰」(⇒マクロレベルの「教育投資過剰」)、
②「大学研究と教育の分離」(「統合」ではなく、徹底した「分離」)、そして、
③「大学教育の社会化」である。
 大学人が「その気」になれば、つまり大学研究者・教育者が自らの「主体性と責任」、自治と自律を賭けて、「教育科学技術省としての文部科学省」と「たたかう気」になりさえすれば、①を踏まえた②と③は実現可能であることをこの書の中で述べた。しかし、歴史の教えるところは、そうはならなかった。その結果の一つが、今、「全国大学共通学力テスト」となって現れているのである。これから、「これって冗談?」と思うようなことが次から次にやってくるだろう。「不幸なるかな」は子どもたちだ。

 けれども、これは非常に逆説的な事態である。なぜなら、「全国大学共通学力テスト」の導入検討は、「大学教育の社会化」が実は可能であることも示しているからだ。「全国大学共通学力テスト」にしても「大学教育の社会化」にしても、「大学教育における「シヴィル・ミニマム」とは何か?」の定義とその内容抜きには不可能である。、「全国大学共通学力テスト」の内容は、この「大学教育における「シヴィル・ミニマム」」抜きに確定することはできないのである。

 『大学を解体せよ』でも提起しているが、要は、「大学教育の社会化」のために、これを研究者・教育者がネットワークを作り、議論し、それぞれの専門領域の「大学知の「シヴィル・ミニマム」」をとりまとめ、社会に提示・公開すればよい。「アウトソーシング」ではなく「オープンソーシング」である。実に簡単なことだ。日本の大学には、これだけ過剰な、過剰すぎるほどの「教科書」とテキストがあるのだから。そして、今、私たちがそう呼んでいる「大学」ではない、〈ローカル〉な「学問をするための市民的公共空間」を創り、さらにそのネットワーク化をはかってゆく・・・。

 「想像してごらん、大学のない世界を。あなたも仲間になってくれればいいんだけれど・・・」


 ソフトバンクの孫氏が、1990年代の初め、米国のとある大学で「カリキュラム」の「オープンソ-ス」化のプログラムを作り、半ば頃にネット上でそれを実地に移そうとしていたことを知る日本人はそう多くはない、というかほとんどいないのではないか。その後、彼はconvertし、現在の彼になり、「サイバー大学」も開設し、「東北復興」に100億円(?)の「ポケットマネー」を寄付する「博愛主義者」になったわけだが、「社会工学」的に言えば、「大学のない社会のプログラミング」それ自体は、そう難しいことではない。
 結局残るのは、「「原子力工学」を始めとした「ビッグサイエンス」をどうするか?」、この一点のみである。「ビッグクエスチョン」だ。

 しかし、「社会工学」的には可能であるはずの「大学のない社会」を阻んでいるのが、実は「大学という官僚機構」そのものなのである。
 〈問題〉は、「convertしてしまった人たちやテクノロジーを、いかにすれば「大学のない社会」へとinvertできるか」にある。これから何世紀にもわたって続くであろう「末期的資本主義」の「ビッグクエスチョン」の一つである。
 
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<東工大>委託事業で研究者がデータ捏造 燃料電池開発
 東京工業大(東京都目黒区)は24日、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から委託された燃料電池用触媒の開発研究で、中国籍の男性研究員(35)がデータの改ざんや捏造(ねつぞう)をしていたと発表した。研究者は不正行為を認めており、単独で行ったという。同大は週明けにも研究員と、研究を統括する教授の処分を発表する。
 このプロジェクトは、09~12年度に東工大などが委託を受けた、燃料電池開発に関する2事業(事業費総額約14億円)。より安価で発電効率がいい触媒の研究などを行った。 東工大によると、研究員は発電性能を良く見せるためにデータそのものを書き換えるなどした。研究成果を報告した論文は海外の専門誌に掲載され、特許も出願していた。 昨年8月、プロジェクトに参加する企業から指摘を受け、不正が発覚。研究員は大学側に「世界で行われている触媒技術の成果に合わせるような形で捏造をしてしまった」と話しているという。 NEDOは委託事業費の返還を求めるなどの処分を検討している。【毎日、神保圭作】

学長内定者がまた辞退 東工大の不正経理問題
 東京工業大学(東京都目黒区)の次期学長に内定していた岡崎健教授(62)が、自身の研究室で国の補助金をめぐる不正経理があった責任を取り、就任を辞退した。17日、同大が明らかにした。同大では、昨年7月にも当時の学長内定者が不正経理問題で辞退している。
 同大によると、岡崎教授は16日夜、学長に内定の辞退届を郵送し、「大学に迷惑をかけた」と話しているという。補助金を交付した新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は17日、岡崎教授の研究室を補助金停止(8カ月間)の処分にし、研究費約208万円の返還を求めた。
 岡崎教授は昨年10月に学長就任予定だったが、研究室が二つの国の補助金を不正に合算して高性能パソコン(約127万円)を購入した問題が発覚し、文部科学省が調査を指示。弁護士なども参加した同大の調査で、業者に架空発注し研究費を不正にプールする「預け金」も約127万円確認された。岡崎教授自身の関与は特定されていない。 (朝日)

核燃料輸送容器の検査:寄付企業に有利な基準 審議主導の東工大教授、1485万円を受領(2/12, 毎日)

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集団的自衛権見直し研究? 外相、イラン問題で言及
 玄葉光一郎外相は17日の衆院予算委員会で、イランの核開発疑惑で国際社会が軍事制裁に出た場合の対応を問われ、「わが国は集団的自衛権を保有するが行使しないという(憲法)解釈に立つが、公海上で米艦を防護するとか、そろそろ超えなくてはいけないのではという議論が行われた」と述べた。過去の政府内の議論に触れつつ、イラン問題を機に憲法解釈見直しに意欲を示したともとれる発言だ。
 新党きづなの渡辺浩一郎氏が「ホルムズ海峡での国際貢献で集団的自衛権の行使が検討できるか」と質問したのに答えた。公海上の米艦防護など「4類型の研究」をしたのは安倍内閣のことで、玄葉氏は「現時点で野田内閣として行使するという解釈に立つわけではない」と補った。 (朝日)
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 「わが国は集団的自衛権を保有するが行使しないという(憲法)解釈に立つ」のではない。そういう「解釈」に「立つ」のは、内閣法制局である。そしてその解釈にタダ乗りしてきた歴代自民党(公明党)政権と、民主連立政権であって〈私たち〉ではない。 

・ホルムズ海峡封鎖を想定、自衛隊派遣の検討着手
 政府は、核開発を続けるイランが米欧の制裁強化に反発してホルムズ海峡を封鎖する事態を想定し、ペルシャ湾への自衛隊派遣の検討に着手した。
 イランが海峡に機雷を敷設する事態を念頭に、掃海艇の派遣などを想定している。 これに関連し、田中防衛相は17日の衆院予算委員会で「今までの経験に照らして、法的な根拠があるかどうか、可能性があるかということは、当然頭の体操としてやっている」と述べた。
 政府が主要な検討対象としているのは、自衛隊による機雷除去と、ホルムズ海峡封鎖時にタンカーなどの護衛や機雷除去にあたる艦船への給油などの後方支援活動だ。  ただ、政府は、自衛隊が機雷除去に参加する場合、イランが交戦状態に陥っている間では、憲法の禁じる海外での武力行使に該当する可能性が高いとみている。このため、日本から掃海艇を派遣するのは紛争終了後になるとの見方が今のところ強い。(読売)
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 「法的な根拠」など存在しない。あるのはただ、その「解釈」のみである。

2012年2月16日木曜日

原子力ムラと「凡庸な悪」

原子力ムラと「凡庸な悪」


 国会の「事故調」の第4回委員会が開かれた。班目委員長や寺坂院長の「弁明」を読み、最初に頭に浮かんだのは、一部の人々には非常に陳腐に聞こえるかもしれないが、やはり「凡庸な悪」というハンナ・アレントの言葉だった。

 ただ、「凡庸な悪」は、たしかに「組織と個人」の関係一般に敷衍化することはできるが、これを国家・軍隊・官僚機構の問題として論じるときには、人間の「モラル(ハザード)」一般、「善」と「悪」の二元論解釈の循環論法の罠に陥ってしまうことは、厳に警戒する必要がある。
 「3・11」直後から何度も指摘してきたように、国・自治体・事業主体の〈法的責任〉が明確になるよう、この国の原子力関連諸法(「指針」のみではない)の体系的かつ抜本的改定に「事故調」の結果がつながらなければ、例によって「誰も責任を取らない、何も変わらない」「大山鳴動し・・・」で終わってしまうことは目に見えている。

 ここから話はさらに発展するのだが、今日も私の日常はdisasterだった。
 つづきは後日。

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班目委員長「指針に瑕疵」と謝罪 原発事故調で誤り認める
 国会に設置された東京電力福島第1原発事故調査委員会(委員長・黒川清元日本学術会議会長)が15日、都内で開いた第4回委員会で、原子力安全委員会の班目春樹委員長は「指針にいろんな瑕疵があった。おわび申し上げる」と原発の津波対策や全電源喪失に関する指針の誤りを認め、謝罪した。
 班目委員長は、全電源喪失対策を想定していなかった理由について「わが国ではやらなくていい、という言い訳、説明ばかりに時間をかけてしまった。抵抗があってもやるという意思決定ができにくいシステムになっている」と述べ、短期間で担当を交代する官僚制度に言及した。 (北海道新聞)
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 「抵抗があってもやるという意思決定ができにくいシステム」のなかで「凡庸な悪」がはびこる。そして「抵抗があってもやるという意思決定ができにくい」のが「システム」なのである。

「原発安全審査、不十分だった」 班目・寺坂両氏が謝罪
 東京電力福島第一原発事故の原因を検証する国会の事故調査委員会は15日、参考人として、原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長と経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭前院長から、事故時の対応や原発規制などについて聴取した。両氏は原発の安全審査が不十分だったと認め、謝罪した。
 班目氏は、原発の立地基準や設計についてまとめた原子力安全委員会の安全審査指針について、津波や長時間の電源喪失に対する十分な記載がなかったことに言及。「誤りがあったと認めざるを得ない」と陳謝。寺坂氏も「安全規制担当者として、本当に申し訳ない」と語った。
 事故調の黒川清委員長は聴取後の記者会見で「(現在の)審査指針は全面的な改定が必要。緊急時の備えができていない」と述べた。 (朝日)

SPEEDI:班目氏「避難に使えぬ」…国会事故調
 東京電力福島第1原発事故に関する国会の事故調査委員会(委員長、黒川清・元日本学術会議会長)は15日、東京都内で第4回委員会を開いた。会合には原子力安全委員会の班目春樹委員長と経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭前院長が出席。班目氏はSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)に関し、「計算には1時間必要で、計算前と風向きが変わる場合がある。SPEEDIが生きていたらうまく避難できていたというのが誤解だ」と述べ、住民避難に生かすのは困難だったとの見解を示した。
 政府のマニュアルでは事故の場合、保安院が緊急時対策支援システム(ERSS)を起動して放射性物質の放出源情報を把握。SPEEDIで放射性物質がどこに拡散するか予測することになっている。しかし、今回の事故では、地震による原発の外部電源喪失により、ERSSからのデータ送付ができなくなって拡散予測はできず、避難区域設定に活用することもできなかった。
 調査委員の質問に、班目氏は「(最も放射性物質の放出量が多かった昨年3月)15日は北の方に吹いていた風が、南、北西に、という風向きになり、北西になったときに雨が降って福島県飯舘村が汚染された。SPEEDIの予測結果に頼った避難計画にしていること自体が問題で、直ちに避難してもらうようなルールにしておくべきだった」と答えた。
 また、安全委によると、仮にERSSからデータが届いていたとしても、今回の事故では水素爆発や炉心溶融などシステムの想定外の出来事が起きていたため、正確な計算ができず間違った予測結果になっていたという。
 一方、寺坂氏は事故に関する政府の議事録が作られていなかった問題について、「事故当初に対応できていなかったのは申し訳ない。公文書管理法上も問題がある」と陳謝した。【毎日、岡田英、比嘉洋】
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 「SPEEDIの予測結果に頼った避難計画にしていること自体が問題で、直ちに避難してもらうようなルールにしておくべきだった」・・・。
 「浜通り」の人々、福島の人々はこの「弁明」をどのように読んだだろうか? 福島県外の「ホットスポット」で生活する人々にしても。
 いずれにしても、今立地自治体で進めている「防災対策」をめぐる議論を一からやり直すことが必要である。

原発避難計画に注文 石川県原子力防災対策部会で首長から
 「なぜ石川県内にこだわるのか。富山県とも県境を越えて協力すべきだ」「寝たきりの 弱者らの受け入れをどうする」。16日に県議会で開かれた県原子力防災対策部会では、 志賀原発の重大事故を想定し、原発の半径30キロ圏内で生活する約15万人の緊急避難 先をあらかじめ決めるとした県側の提案に、周辺の市町長らから注文が相次いだ。
 緊急避難先の策定は県原子力防災計画の見直しの一環。大規模な事故に備え、町会や集 落単位で避難先を事前に決めておくことで、事故時の混乱を防ぐとともに、近隣の住民同 士や家族がばらばらになるのを防ぐ狙いがある。
 県側は、志賀原発の半径30キロ圏外にある県内14市町の897施設で、最大90万 4019人の収容が可能と説明。今月下旬に開く19市町との連絡会議で具体的な割り振 り作業を進める考えを示した。  これに対し、県消防長会の山田弘会長(金沢市消防局長)は「隣県の富山に収容できる 施設があるなら県境を越えて協力を求めるべきだ」と提案。小泉勝志賀町長は、原発の半 径5キロ圏内にある特別養護老人ホームの入所者らの受け入れ先を確保するよう要望した 。杉本栄蔵中能登町長も「寝たきりの弱者らの避難場所を県で仲介してほしい」と求めた 。

 武元文平七尾市長は国が原発から半径30キロを目安としている「緊急防護措置区域( UPZ)」の外に放射性物質が拡散した場合の対応を質問。部会長の齊藤実原子力安全基 盤機構防災対策部審議役は「モニタリングポストの測定値に合わせて対応する。圏外の対 策を取らないわけではない」と述べ、避難計画の策定に際し、緊急時迅速放射能影響予測 ネットワークシステム(SPEEDI)のデータも加える考えを示した。  委員からはこのほか、安定ヨウ素剤の服用基準の情報提供や被ばく医療の専門家養成、 緊急時の避難道路の整備を急ぐよう求める意見も出た。(⇒SPEEDI「避難に使えぬ」)
 会議では、原子力安全・保安院の渡辺剛英原子力防災課室長が国の防災指針見直しに向 けた取り組み状況を説明した。会議が開かれるのは、昨年12月に続いて2回目。県は国 が3月中にまとめる原子力防災指針の中間報告を見て、4月にも次回会合を開く。(⇒テンポが遅すぎはしないか?)
 部会では、志賀原発の半径30キロ圏外への避難指示が出た場合、奥能登の住民6万人 余が孤立化するとのデータが示された。県側は自衛隊や海上保安部などが所有するヘリコ プターや船を使って住民や救援物資などを運び、孤立化を防ぐ対策案を明らかにした。

 孤立化する懸念があるのは、珠洲、輪島、穴水、能登の2市2町の住民。30キロ圏外 で屋内退避などの指示が出た場合、長期間にわたって陸路が遮断される可能性がある。県 側は2市2町にある港湾・漁港、能登空港、ヘリポートを使って対応するとし、自衛隊機 や海保の巡視船艇だけでなく、民間のフェリーや漁船にも協力を求める考えを示した。
 金沢海上保安部の田原研二次長は「水深が足りず、入れない港もある。受け入れ可能な 港湾を決めておいてほしい」と注文。陸上自衛隊第14普通科連隊の榎木良彦副連隊長は 東日本大震災では避難者の自家用車などでヘリポートが埋まり、着陸できなくなった事例 を紹介した。
 小泉町長は30キロ圏外への避難先に珠洲市や輪島市が含まれていることについて「孤 立するところに避難させるのはおかしい。金沢や南加賀に避難させてはどうか」と見直し を求めた。(北国新聞)
 ↓
 避難計画の見直しは、住民説明会を開きながら行うべきである。

・・・
「自主避難」と「風評被害」 (2011/3/26)より
 ・・・・・ 昨日(3/25)の報道の問題は、「避難の勧告」地域の拡大が、「異常な水準の放射線量」の「検出」が「前提」でなければならないかのように、政府が主張したことに対し、その批判的論評がなかったことだ。(⇒ここで言う「放射線量」とは、(原災法)第十五条一項が定める「主務大臣が受けた通報に係る検出された放射線量又は政令で定める放射線測定設備及び測定方法により検出された放射線量」のことをさす)
 毎日新聞の記事は、次のように書いている。
・・
1, 20~30キロ圏内に対する自主避難要請は24日夜、首相官邸の主導で対象の9市町村に伝えられたうえで、枝野幸男官房長官が25日の記者会見で発表。
2, 原子力災害対策特別措置法(原災法)に基づく避難指示を出せば、放射性物質による汚染拡大を政府が正式に認定することになり、周辺住民の不安に拍車をかけかねない(⇒完全なる詭弁、欺瞞)。
 一方、屋内退避の長期化で不自由な生活への不満が住民側に強まっていたため、超法規的な「要請」によって政府批判の緩和を狙った・・・。
3, 原発事故の対応を超えた政治判断は保安院にはできないため、25日に原子力安全委員会の臨時会を開き、放射線のモニタリング結果などを理由に、自主避難が「望ましい」と助言する形をとった・・・。
4, 原災法に基づく避難指示は「異常な水準の放射線量」の検出が前提。自主避難を自治体に要請する根拠法はなく、実際に住民を避難させるかどうかの判断は各市町村に委ねられた。避難先の確保や移動手段なども市町村が考えなければならず、野党からは「中途半端」などの批判がかえって強まっている・・・。
5, 菅直人首相は25日夜、避難指示に切り替えなかったことについて「原子力安全委員会の専門家の判断を尊重した対応」と強調、しかし保安院関係者は「先に判断したのは官邸。避難指示は放射線量が高いまま下がらない場合などに検討する」と語り、官邸指示に従った苦肉の策だと認めた・・・。
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 私は、上の1~5、すべてが無茶苦茶だと思う。
 おそらくこの問題、原発事故をめぐる「被害」と「避難」の問題は、「原爆訴訟」や「水俣訴訟」と同様に、今後半世紀以上をかけた対東電、国賠訴訟へと発展してゆくだろう。
(中略)

 「こうした状況は、かねて指摘してきたように」と書いているが、私は毎日新聞が「自主避難」地域の撤廃→避難地域の拡大を社説で「指摘」した事実を知らない。もちろん、私が見落としているだけかもしれないが、事故発生後、朝日、読売、産経の社説でそのような主張をしたものは一つもない。日経や東京新聞の社説に関する記憶もない。
 おそらくこれが、大地震による災害報道と原発による災害報道の決定的違いだろう。メディアの「眼」が、放射能汚染の拡大に焦点があてられ(首都圏への「影響拡大」など)、現場周辺地域で汚染や被曝の被害を受ける人々の存在に向わないのだ。原発事故被災者の「見捨て/見殺し」の構図である。

 「放射性物質の拡散の仕方をみると、同心円状の避難対策では対応しきれない」というのも、私には意味がわからない。これは放射性物質が第一原発から同心円状=均一的に拡散しないという、当たり前の事後的調査の結果をもってそう言っているだけのことであって、避難地域を拡大しないことの正当化にはなりえない。どこにどれだけ放射能被害が現れるかを事前に予想することはできないからだ。つまり、避難区域は同心円的に拡大する以外に方法はない。それをした上で、被害が集中している地域をモニタリングによって特定し、その地域に対する重点的救援・支援を実施する責任が国にはあるのである。

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原発政策、結論先送り 自民エネ特命委が中間報告
 自民党の総合エネルギー政策特命委員会(委員長・山本一太参院議員)は15日、東京電力福島第1原発事故を受けたエネルギー政策見直しに関する中間報告をまとめた。ただ、焦点だった原発政策については結論を先送りした。
 中間報告は今後10年を「原子力の未来を決める10年」と明記。その間に再生可能エネルギーの導入や省エネルギーを推進し、原子力の利用は国民的議論を喚起して「中長期的観点から結論を出す」として明確にしなかった。
 定期検査で停止中の原発の再稼働は「万全な安全確保と地元住民の理解、納得を前提」として容認、必要最小限の電力量をまかなうために活用するとした。使用済み核燃料を再利用する「核燃料サイクル開発」についても「エネルギー供給と研究開発の観点から議論を展開する必要がある」として結論を見送った。(産経)

原発再稼働、民主が容認へ 夏の電力不足を懸念
 民主党は15日、定期点検で停止中の原発の再稼働を容認する方向で調整を始めた。夏場に電力不足になるとの予想に加え、イランからの原油調達の削減などでエネルギー不足への懸念が広がる中、夏前の再稼働をめざす野田内閣を後押しする狙いがある。
 党エネルギープロジェクトチーム(PT)3月をめどに、ストレステスト(耐性評価)の厳格化や地元同意などを条件として、「原発再稼働なしには今夏、電力不足に陥る可能性がある」との趣旨の報告書をまとめる方針。前原誠司政調会長ら党幹部は再稼働を唱えており、政府が夏までに策定するエネルギー基本計画への反映を目指す。
 PTは15日の会合で、原子力安全・保安院が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)のストレステストを「妥当」とした審査書について協議。経団連など経済3団体幹部から、夏場の電力不足や原油高騰への懸念から原発の再稼働を強く要請された。 (朝日)

2012年2月14日火曜日

関西電力大飯3・4号機ストレステスト審査書提出に抗議する緊急声明

関西電力大飯3・4号機ストレステスト審査書提出に抗議する緊急声明

ストレステスト意見聴取会委員
井野博満・後藤政志


 原子力安全・保安院は、本日、関西電力大飯原発3・4号機の一次評価を「妥当」とする審査書を原子力安全委員会に提出しました。私たちは、このような拙速なやり方は、とうてい認められません。

 2月8日の第8回意見聴取会では、様々な技術的な課題が残されていることが明らかになりました。原子力安全・保安院も、その場で議論を終了するとは明言しませんでした。当然、継続審議となると思いました。審査書が原子力安全委員会に提出されたことに対して意見聴取会の委員として抗議します。

 ストレステスト意見聴取会では、徹底して議論を尽くすことが、国民に対する原子力安全・保安院の責務です。次のような根本的な問題が残っています。

(1)判断基準について、保安院は「福島第一原子力発電所を襲ったような地震・津波が来襲しても同原子力発電所のような状況にならないことを技術的に確認する」としています。しかし、津波の想定は11.4メートルで、
福島事故の14メートルよりも低くなっています。そもそも、福島事故は収束しておらず、原因もわからない状態です。

(2)評価の対象、基準の適用について以下の技術的な疑問があります。
① 制御棒の挿入性を検討の対象から外しています。
② 基礎ボルトなど機器の強度については、安全率を削って評価しています。
③ 原子炉建屋などの構造強度に関わる許容値について、耐震バックチェックの基準より甘い許容値を適用することを認めています。
④ 本来の設備は福島原発事故前から改善せず、消防車や非常発電装置などの外部仮設設備だけで安全だとしています。

(3)ストレステストは、過酷事故対策の検証を含めた二次評価と合わせて評価しなければ、地域住民が安全性を判断する上では意味がありません。電力事業者は、原子力安全・保安院の指示により、これを2011年末を目処に提出するはずでしたが、関西電力は二次評価結果を未だに提出していません。

 原子力安全・保安院が、現時点で「妥当」としたことは、はじめに再稼働ありきの見切り発車と言わざるを得ません。このような姿勢こそが、福島原発事故を招いた要因です。このように原子力安全・保安院は、規制当局としての役割を十分に果たしていません。まずすべきことは、自らのありようについて根本的な反省をすることです。
 本日の審査書の提出は、「安全性に関する総合的評価」とされるストレステスト評価の体をなしていません。

以上

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[関連]『柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会』より
「ストレステスト意見聴取会>強引な議論打ち切り?」

2012年2月13日月曜日

惨事と軍隊(Disaster Militarism)

惨事と軍隊(Disaster Militarism)

 ナオミ・クラインの"The Shock Doctrine――The Rise of Disaster Capitalism"の翻訳、『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』にならうなら、「惨事便乗型ミリタリズム」とでも書くべきかも知れない。

 「トモダチ作戦」以降の米軍と国連PKOの動向を見ながら、"Disaster Militarism"の分析をきちんとしなければいけない、と考えてきた。 しかしこのブログのエントリーを見れば明らかなように、それができていない。 とてもじゃないが、できない。福島第一・第二のDisasterのせいで、私の日常もDisasterになってしまった。

 私が言う"Disaster Militarism"は、ナオミ・クラインが言う"Disaster Capitalism"と微妙に違う。後者は現代資本主義批判として書かれたものだが、前者は軍隊そのものを特殊な官僚機構として捉え、現代官僚制批判の中に位置付けようとする。

 Disasterに「便乗」して制度的・機構的「自己革新」を図りながら、制度的・機構的な「自己増殖」を企てようとする〈現代ミリタリズム批判〉
を意図したものである。

 シリア情勢が沈黙を許さない状況になっているので、これから順を追ってポイントを整理しようと思う。


 天災(natural disaster)・「緊急人道支援」・軍隊

 たとえば、「トモダチ作戦」以降、日米の「惨事便乗型ミリタリズム」が、「日米同盟という欺瞞、日米安保という虚構」の下で、国際NGOと「市民社会」を取り込み(co-opt)しながら、以下のような動きをみせていることをご存知だろうか。
 自分の不明を恥じるしかないが、わたしは「トモダチ作戦」が開始されるまで、ピース・ウィンズの「アメリカオフィス」がこのような動きをしていることを知らなかった。

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日米民間団体、政府組織、自衛隊・軍隊間の災害支援共同活動向上のためのイニシアチブ・プログラム
「日米 民軍災害支援対策)による「災害支援対策ワークショップ」
ピース ウィンズ ・アメリカ、在日米国大使館共催
2011 年9 月 27 日- 29 日 場所:在日米国大使館(東京)

 ピースウィンズ・アメリカは、在日米国大使館共催のもと、「災害支援対策ワークショップ:政策、手順、協働」を開催する運びとなりました。このワークショップでは、主に民軍間の人道支援/災害救助 (HA/DR)の重要点を中心に、二国間及び多国間との支援活動の調整をどのように向上できるかという点について話し合われる予定です。
 予定参加団体は、日米さらに韓国の政府系機関、自衛隊・軍隊、NGO、及び民間企業からの各団体の災害対応・対策担当者となっています。

 今回は、いくつかの関連フォーラムやワークショップ形式から構成されている、当団体が行っている表記イニシャチブのプログラムの一部として、各組織の上層部の代表者や現場責任者を対象としています。今回のワークショップでは同じ分野で活躍する人々とのネットワーキング、協働支援政策に取り組む機会、及びトレーニングを提供します。

 今回は、HA/DR における主要な問題点である支援対応政策、支援のプロシージャ及び協働支援を中心に取り上げます。被災国(ホストネーション)、二国間、多国間での協働支援における問題点にも触れる予定です。参加者は今回の東日本大震災において、どのような対応がとられたのかを聞く機会があり、さらに環太平洋地域における他の事例についても学ぶことができます。

 また、各団体の協働支援体制の向上を促すため、このワークショップでは小グループに分かれてのディスカッションや事例研究も行われます。各種の事例やこれまでの経験で得られた教訓を共有することにより、災害支援対策関連担当者にとって重要なトレーニングの機会となると考えられます。

 ピースウィンズ・ アメリカの日米民軍災害支援対策イニシャチブとは、18 ヶ月間のプログラムで、民間と自衛隊・軍隊の災害支援における協働活動の向上において、相互の支援対応能力の向上と改善を目指すものです。今回のワークショップはこのイニシャチブの一部として行われます。ワークショップは日本語と英語の両方で行われます・・・。
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 この問題を考える予備的情報として、「国家(戦略)とNGOの「利益相反」--JPFという「プラットフォーム」がいったん解体されねばならない理由」を見て頂きたい。

 ここに東京財団が一昨年、新米国安全保障センター(米国の軍産学複合体のシンクタンク。プロジェクト・メンバーに米軍の司令官が入っていることに注意)と行った「日米同盟の在り方に関する共同研究プロジェクト」の「報告書」、

●「「従来の約束」の刷新と「新しいフロンティア」の開拓:日米同盟と「自由で開かれた国際秩序」」(2010年10月27日)のリンクがある。 この「プロジェクト」には、大西健丞(ジャパン・プラットフォーム理事、ピースウィンズ・ジャパンおよびシヴィック・フォース・ジャパン代表理事)氏その他が参加している。

 「3・11」以前から、自衛隊や国際NGO、「市民社会」を巻き込んだDisaster Militarismは、着々とその「ベース」(基地)を打ち固めていたのである。
 「トモダチ作戦」は、まさに「3・11」に「便乗」した軍事作戦だったのだ。

(つづく)

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多国間共同訓練「コブラ・ゴールド2012」、タイ
 「年次の多国間共同訓練「コブラ・ゴールド(Cobra Gold)」がタイで7日から行われている。2012年は韓国、インドネシア、タイ、米国、シンガポール、日本、マレーシアの7か国から約1万3000人が参加、17日に終了予定となっている」(2/15,AFP)

シリアへ「共同平和維持軍」、アラブ連盟が要請
 アラブ連盟(22か国・機構)は12日、カイロで閣僚会議を開き、政府軍による住民弾圧が続くシリアで「あらゆる暴力行為の即時停止」を求めた上で、国連とアラブ連盟が「共同平和維持軍」を組織し、シリアに派遣して、戦闘停止を監視するよう、国連安全保障理事会に要請する声明を発表した。
 国際社会が結束して介入することで、昨年3月以来、約6000人が死亡したとみられるシリア・アサド政権の弾圧を食い止めるための新構想だ。安保理で今月4日、対シリア非難決議案に拒否権を行使したロシアと中国の対応が注目される。

 アラブ連盟の声明は「あらゆる種類の政治的・物質的支援を提供する」と踏み込んだ。シリア国民への人道支援だけでなく、政府軍の離反兵らで構成する「自由シリア軍」などへの支援を念頭に置いたものだ。シリア国内外で分裂状態にある反体制勢力に「結束する」ことも求めている。(読売)

欧米有志国が会合へ UN枠外でアサド政権に圧力(2/9,産経)
米東海岸で9か国大規模揚陸演習、対イラン戦を想定?(AFP)
対シリア、米英仏が圧力強化 アラブ連盟と安保理で(1/31, 日経)