グローバル軍産学複合体の中の東京大学、そして日本の大学(1)
東京大学のホームページに「東京大学憲章」が掲載されている。その前文には、
「東京大学は、この新しい世紀に際して、世界の公共性に奉仕する大学として、文字どおり「世界の東京大学」となることが、日本国民からの付託に応えて日本社会に寄与する道であるとの確信に立ち、国籍、民族、言語等のあらゆる境を超えた人類普遍の真理と真実を追究し、世界の平和と人類の福祉、人類と自然の共存、安全な環境の創造、諸地域の均衡のとれた持続的な発展、科学・技術の進歩、および文化の批判的継承と創造に、その教育・研究を通じて貢献することを、あらためて決意する」、
「第二次世界大戦後の1949年、日本国憲法の下での教育改革に際し、それまでの歴史から学び、負の遺産を清算して平和的、民主的な国家社会の形成に寄与する新制大学として再出発を期し」、
「その自治と自律を希求するとともに、世界に向かって自らを開き、その研究成果を積極的に社会に還元しつつ、同時に社会の要請に応える研究活動を創造して、大学と社会の双方向的な連携を推進する」とある。
その東京大学が、今年2月24日、世界最大の軍事産業、ボーイング社と「航空宇宙に関する最新テクノロジー」、具体的には「ロボット工学、モデリング・シミュレーション関連のテクノロジー」分野の共同研究を行う「覚書」を取り交わした。東大の理解によれば、世界最大の軍事産業との共同研究が「人類普遍の真理と真実を追究」し、「世界の平和と人類の福祉」に「貢献」し、「その研究成果を積極的に社会に還元」することになるそうだ。それが、東大が言う大学(研究)の「自治と自律」の定義であるらしい。
はたして、東大はボーイング社と共同研究を推進することを通じて、東大自身が過去の「歴史から学び、負の遺産を清算して平和的、民主的な」大学となることができるのだろうか? いわんや、「平和的、民主的な国家社会の形成に寄与する」ことが?
それより何より、なぜ東京大学がボーイング社と個別に「共同研究」ができるようになったのか? それを私たちのような普通の納税者、日本の「有名大学」でこの間何が起こってきたのかなんて構っている暇さえない一般市民が解明するためには、
①「産官学連携」が、実態としては「国際産官学連携」としてあり、「民生技術」の開発研究も当然行っているグローバル軍事産業との「連携」を可能にしたこと、そして、
②それを通じて、東大を始めとした旧帝大系七大学や偏差値上位大学を、米国を拠点にしたグローバル軍産学複合体やヨーロッパのそれへの組み込みをはかり、そこで
③大学の「自己資金」の拡大を戦略化したスキームであることを理解しておく必要がある。
以下、私は「続・大学を解体せよ--人間の未来を奪われないために」の一環としてこの問題を考えてみようと思うのだが、その前提的情報をブログ読者と共有すべく、これまでの「参考資料」に加え、以下のものを新たな「参考資料」として紹介しておきたいと思う。
①「大学国際戦略本部事業」進捗状況報告書(公表用)
6年前の国立大学の「法人化」によって、日本の国公立大学と一部の私立大学は「国際戦略」を持つようになったが、これは一言で言えば、海外の「戦略的頭脳の囲い込み」と「国際産官学連携」のための「事業」である。旧帝大七大学と、「少子化」の今後の進展度合いに応じて、もしかしたら本当に「第二東大」として、東京医科歯科大を含めて統合するかもしれない東工大・一橋・東外大、これに北陸の新潟、関西の神戸、山陰の鳥取、中国の広島、九州の長崎、私立として早慶、北海道-東京-九州にキャンパスを持つ東海大、最後に公立から、「先端情報科学研究(コンピュータ理工学)」に特化した会津大が加わっている(四国の大学が一つもない!)。
②東大の「Proprius21」
「proprius21」とは、東大によれば、「『目に見える成果の創出をめざす新しい価値創造型産学連携共同研究』に繋げることを目標」にした、東大のための産学連携戦略のことである。
「従来の産学共同研究では、研究のゴールとそのアプローチや社会への還元についての議論が十分になされないまま、「お付き合い的に」研究に着手すること自体が第一目標になるケースがありました。そのため研究テーマが矮小化する、成果の目標が共有できていない、実用化の出口が無い等の問題があったこと」を総括し、
「共同研究を開始するに当たって、目に見える成果を創出するために研究課題に最適な企業のパートナー(研究者)を学内で探索しながら研究テーマを絞り込み(個別活動)事前に共同研究の実施計画を立案する(スロット活動)こと」、なぜなら、
「企業が大学と共同研究を実施する目的は、将来の社会環境を見極め評価し、その環境の中で企業の競争力を維持発展させることにあると思います。その為には、お互いに共同研究の出口、即ち成果に対する認識を共有する」ことが目的になるからである。これを東大は「新しい産学連携モデル」と呼んでいる。
この「新しい産学連携モデル」によって、東大は米国防省の軍事技術の研究開発の「下請け企業」、サン・マイクロシステムズ(Sun Microsystems)と「計算機による処理能力が著しく向上する中で、処理内容を記述するプログラミング言語の能力向上に関する研究」を行ってきた。これに「情報理工学系研究科の研究グループ」が携わったという。(この「処理内容を記述するプログラミング言語の能力向上に関する研究」とは、まさにDARPA(米国高等防衛研究所)からサンが受注した研究であるわけだが、その説明については次回の更新時に触れることにしたい)。
⇒TRANSFORMATIONAL CONVERGENCE TECHNOLOGY OFFICE(DARPA)
ともあれ、世界最大の軍事産業であるボーイングが、あるいはサン・マイクロシステムズが「企業の競争力を維持発展させ」、「実用化の出口」が見える「研究」とはどのような研究なのか。これを私たちは、国立大学法人東京大学に尋ねる必要があるだろう。
③米軍マネー、日本の研究現場へ 軍事応用視野に助成
2010年9月8日(朝日新聞)
大学や研究所など日本の研究現場に米軍から提供される研究資金が近年、増加傾向にあることがわかった。研究に直接助成したり、補助金付きコンテストへの参加を募るなど、提供には様々な形がある。背景には、世界の高度な民生技術を確保し、軍事に応用する米軍の戦略がある。軍服姿の米軍幹部がヘリコプター型の小型無人ロボットを手に取り、開発者の野波健蔵・千葉大副学長(工学部教授)が隣で身ぶりを交えて説明する。そんな様子が動画投稿サイトで公開されている。
米国防総省が資金提供し、インド国立航空宇宙研究所と米陸軍が2008年3月にインドで開いた無人航空ロボット技術の国際大会の一場面だ。千葉大チームは「1キロ先の銀行に人質がとらわれ、地上部隊と連係して救出作戦に当たる」というシナリオのもと、自作ロボットで障害物や地雷原、人質やテロリストの把握などの「任務」に挑んだ。入賞はならなかったが、その性能は注目を集めた。参加は、組織委員会に日本の宇宙航空研究開発機構の研究者がおり、出場を誘われたからだという。
09年には野波副学長を代表とし、米国出身の同大特任教授、学生らとつくる「チバ・チーム」が米豪両軍が主催する軍事ロボットコンテスト「MAGIC2010」(優勝賞金75万ドル、約6300万円)にエントリーした。同チームにはすでに研究開発費5万ドルが与えられた。今年、最終予選でベスト6となり、11月に豪州で行われる本選への切符を手にした。このコンテストでは、市街地で非戦闘員と戦闘員を識別する自動制御の軍事ロボットの能力を競う。レーザーポインターを武器に見立てて照射して敵を「無力化」する。副学長は「学生はこうしたコンペでは燃える。動機付けとして非常にいいと考えた」と参加の理由を語る。
米軍の研究開発予算は2010年度で800億ドル(約7兆円)。この一部が世界に提供されている。軍事技術コンテストを開催し、世界から参加を募るのもその一つだ。有望な研究者らに対する研究費や渡航費、学会などの会議の開催費などの名目で助成するものもある。日本、韓国、中国、豪州などアジアと太平洋地域向けに資金を提供する空軍の下部組織「アジア宇宙航空研究開発事務所」(AOARD)によると、空軍から日本への助成件数は10年間で2.5倍に増えた。助成総額は明らかではないが、関係者が明らかにした助成1件の平均額から単純計算すると、10年でざっと10倍に増えている。 経済産業省は、軍事応用されかねない技術の国外提供に枠を定め、外為法で規制している。
■米国―急速な技術革新、独自開発に限界
東京・六本木の米軍施設「赤坂プレスセンター」(通称ハーディー・バラックス)のビルの中に、陸、海、空軍の各研究開発事務所が入るフロアがある。主にアジアの研究者に資金提供したり、研究者や研究内容の情報を収集している。スタッフは合わせて数十人。軍人より文民の方が多い。「プログラムマネジャー」などの肩書を与えられて国内の情報収集に協力している日本人の研究者もいる。AOARDを通じた日本への資金提供には、(1)研究開発費(研究助成)(2)会議運営費(会議助成)(3)米国などへの渡航費(旅行助成)――の3種類ある。
世界の学術研究の成果(論文数)に米国が占める割合は、80年代以降下がり続ける一方、アジアの伸びは著しい。米空軍が世界に提供する研究費のうち、アジア向けは今、欧州向けと並んで4割を占める。
AOARDは92年に開設された。前年の湾岸戦争では、巡航ミサイルなど多数の新兵器が投入され、以後、軍事技術のあり方は急速に変わった。拓殖大の佐藤丙午教授(安全保障論)によると、兵器のハイテク化に伴って高額化する研究開発費を米軍が単独でまかなうのはますます難しくなっているという。「冷戦後の流れから考えれば、日本への助成額の増加は当然の流れ」と話す。
■日本―魅力的な研究費、根強い抵抗感も
東北学院大(宮城県)の十合(とうごう)晋一名誉教授は03年、研究室でAOARDの関係者の訪問を受けた。関係者は軍の研究資金について説明し、提供を申し出た。研究テーマは超小型ガスタービン技術の基礎研究。小型発電機に使え、自走型ロボットや超小型航空機の電源への応用が期待される。
教授は経済産業省に問い合わせて武器輸出の規制に抵触しないことを確かめ、3回にわたって総額約20万ドルを受け取り、成果を報告書にまとめて提出した。「義務は報告書の提出と、論文に資金提供者名を明記することだけ。特許などの知的財産は研究者が保有できる好条件だった」と振り返る。米軍の研究費は使い道が自由なのが特徴だ。1年で1万8千ドルの資金提供を受けたある日本人は、文献研究による20ページほどのリポートを提出しただけ。研究成果ばかりでなく、人脈作りを重視していることをうかがわせる。
提供を受けるのは、プロジェクト研究を率いるノーベル賞級の学者から、少額の旅費にも事欠く若手の博士研究員(ポスドク)まで幅広い。ある国立大の30代の助教は、自分が発表する国際学会に参加する渡航費の助成を、米空軍と米科学財団から受けた。国の助成に応募したが認められなかったためだ。助教は来年度には任期が切れる不安定な身分。研究者であり続けるには成果が必要だ。「いまはどんな助成チャンスでもすがりたい」と話す。一方で、結果的に軍事技術開発につながりかねない研究をすることへの抵抗感も、日本の科学者の間で根強い。「MAGIC2010」に出場したチバ・チーム代表の野波副学長は「本選への参加は取りやめた」と話し、「スポンサーは軍。私の良心があるので悩んだ」と理由を語った。(松尾一郎、小宮山亮磨)
④関連サイト
米軍の研究助成、増加~日本技術の軍事応用も視野(9月8日)
アカデミアと軍事(1)米軍基地経由で研究費(9月10日)
アカデミアと軍事(2)「米軍マネー」迷う学会(9月17日)
アカデミアと軍事(3)研究現場訪ね、助成判断(9月24日)
アカデミアと軍事(4)民生との境、増す矛盾(10月1日)
アカデミアと軍事(5)完 手探り続く研究モラル(10月15日)
「米軍マネー」確認できず 一般紙報道受け調査(2010.11.01)(京都大学新聞)
⑤ボーイング社と「ロボット工学」分野においても共同研究をする東大の研究者、そして千葉大副学長に読んでもらいたい千葉大学の「ロボット憲章」
現代社会において、先端的なロボットの研究開発に携わる者の責任は極めて重大である。
千葉大学では、地球生態系の維持・保全を基底に据えて、人間の尊厳、人類の福祉、恒久平和と繁栄、そして、安全安心な社会に資するロボット研究開発と教育をこそ率先して推進する立場から、ここに「千葉大学ロボット憲章」(知能ロボット技術の教育と研究開発に関する千葉大学憲章)を制定する。
第1条 (倫理規定)
本ロボット憲章は、千葉大学におけるロボットの教育と研究開発に携わるすべての者の倫理を規定する。
第2条 (民生目的)
千葉大学におけるロボット教育・研究開発者は、平和目的の民生用ロボットに関する教育・研究開発のみを行う。
第3条 (非倫理的利用防止)
千葉大学におけるロボット教育・研究開発者は、非倫理的・非合法的な利用を防止する技術をロボットに組み込むこととする。
第4条 (教育・研究開発者の貢献)
千葉大学におけるロボット教育・研究開発者は、アシモフのロボット工学三原則(注)ばかりでなく、本憲章のすべての条項を遵守しなければならない。
第5条 (永久的遵守)
千葉大学におけるロボット教育・研究開発者は、大学を離れてもこの憲章の精神を守り尊重することを誓う。
(注)アイザック・アシモフのロボット工学三原則
第1条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第2条 ロボットは人間から与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りではない。
第3条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。
(つづく)