2009年4月16日木曜日

「海賊対策」の戦争化は事態を悪化させるだけである No.1

「海賊対策」の戦争化は事態を悪化させるだけである No.1

 先週から米国では、「マースク・アラバマ号」事件を契機に、ソマリア沖の「海賊」問題が、またにわかにマスコミの脚光を浴びている。いわゆるオルタナティブ・メディアでは、三大ネットワークをはじめとした巨大メディアが報道しない論点を整理しながら、客観的かつ問題の本質に迫るような記事がいくつか発表されている。

 たとえば、AlterNetは、四月十四日、カナダに難民として移住したソマリア人アーティスト、K'Naanの"Why We Don't Condemn Our Pirates in Somalia"(なぜぼくらはソマリアの海賊を非難しないのか)という記事を転載している。要するに彼がこの記事で書いていることは、三月にぼくが「ソマリアと「海賊」---新介入主義の破産」の中で書いたようなことである。すなわち、

「ソマリアの海岸(近海ではない。海岸である)へのドラム缶にコンクリ詰にされた核廃棄物や産業廃棄物の直接投棄、またそれらのソマリア沖への海洋投棄、そしてグリーン・ピースいうところのpirate fishingがソマリア近海でくり返されてきたことについては、少しずつではあるが情報は広まりつつある。犯人は誰か。「海賊」撲滅のために艦隊を派遣した国連安保理常任理事国を中心とする国々である」(引用、終わり)。

 だから、K'Naanは、まずEUや米国などのグローバル水産業がソマリア沖での不法操業を停止し、それと同時に産業・核廃棄物の不法投棄をやめるのことが先決ではないか、という。ぼくもまったく同感である。(⇒K'Naanのオフィシャルサイト

 ところが、NHKから民放、新聞ジャーナリズムでは、「海賊」問題の背景にあるこうした現実に目が向けられる気配が一向にみられない。さらに悪いことには、先述した「マースク・アラバマ号」事件をめぐる「報道」では、米国政府が発表した内容を、何らの検証も批判的吟味もなく、ただそのまま垂れ流し的に翻訳しているだけなのだ。

 AlertNetが配信した別の記事に、四月九日付のJeremy Scahillの"'Pirates' Strike a U.S. Ship Owned by a Pentagon Contractor, But Is the Media Telling the Whole Story?"がある。「「海賊」がペンタゴンとの契約関係にある軍事企業所有の船舶を攻撃」、しかしメディアは真相を報道しているのか?」という記事である。

 「マースク・アラバマ号」事件では、米国人船長が人質に取られ、ペンタゴンは四月十二日に船長を「無事救出」と発表したが、その際、米海軍特殊部隊「SEALS」が「海賊」を「急襲」した。そして海賊四人のうち三人を射殺、残る一人を拘束したとされている。
 日本の新聞各紙では攻撃を先に仕掛けたのは「海賊」の方で、海軍の特殊部隊は船長の身に危険が迫ったから「急襲」したと報道された。それも米国政府が発表した内容をそっくりそのまま引用したものであるが、果たして本当にそれが真相なのか、乗組員のインタビューを詳細に分析するなら事実関係に不明な点が多い、と筆者は問うているのである。

 ともあれ、この事件を節目として、ソマリアの「海賊」問題をめぐる事態は急変してしまった。一言で言えば、「海賊対策」の戦争化である。「海賊」側は報復宣言を発した後に、実際に米国の船舶への攻撃をしかけ、さらには「アラビア半島のアルカーイダ」を名乗る武装勢力も報復戦を扇動しはじめた。一方、これに対し米国政府は「海賊対策コンタクト・グループ」による国際会議を呼びかけ、「海賊」に対する非和解的・非妥協的な姿勢を貫くことを表明するに至っている(詳細は資料ブログを参照)。

 こうして折りしも、日本の国会で「海賊新法」の審議が本格的に始まったまさにその時、ぼくが当初より予想したように「海賊対策」はアルカーイダやソマリアのイスラーム武装勢力をも巻き込んだ、対テロ=「海賊」戦争へと変質してしまったのである。