2009年3月22日日曜日

「海賊対策」と対テロ戦争---(2)「海賊対策」は「海賊」対策にあらず


「海賊対策」と対テロ戦争

(2)「海賊対策」は「海賊」対策にあらず

(右の一覧は読売新聞の「「海賊襲撃」に緊迫、漁船との判別難しく…ソマリア沖ルポ」より)

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海賊対策でイエメン漁民が悲鳴=海軍から威嚇射撃も-サウジ紙
【カイロ22日時事】

海賊対策で海上自衛隊も含めた各国海軍が派遣されているソマリア沖のアデン湾で、イエメン漁民が海賊と疑われて威嚇射撃を受けるなど海軍と海賊の板挟みとなり、「漁業が立ち行かない」と悲鳴を上げている。21日付のサウジアラビア紙アラブ・ニューズが伝えた。
 同紙によると、イエメンのハドラマウト州沿岸では約1万2000人が漁業に従事、主要な漁場は同国とソマリア中間海域で、海賊被害海域とも重なる。両国の漁師が乗り組むことが多く、海賊と誤認されて威嚇射撃を受け負傷者も出ているという。
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 「海賊新法」をめぐる国会審議が始まった三月十九日、いきなり自衛隊OBの国会議員から「海賊対策はテロ対策でもある」という議論が飛び出した。そして、従来の政府解釈を変更し、自衛隊の武器使用を「国際標準」化し、海外派兵一般法を制定すべし、という持論をブチまいたのである。

 しかし、その自衛隊が三月三十日から「警備行動」を開始するというアデン湾では、すでに周辺諸国の一般漁民が射撃されるという事態が起こっている。また、ソマリアからアデン湾をイエメンに向かっていた難民が銃撃されたという事件も報道されている。
 今年に入り「海賊」発生件数が顕著に低下し、しかも米軍やNATO軍その他諸国の戦艦、国連の報告書がいうところの「現代史で最大規模の海賊対策の艦船」の到着によって、すでにアデン湾が「警備」過密状態にあり、「警備」する側が問題を起こしているというのに海上自衛隊はいったい具体的に何をしにいくのか。とにもかくにも「何でもいいから理由をみつけて海自を出す」とでもいうような、出すこと自体を自己目的化した「派遣」だったのではないかと思えてくる。

 海上自衛隊はその任務期間中に何件の「海賊事案」に遭遇し、その阻止活動に成功するだろう。その総件数とそのために使われた納税者の血税との関係、要するに自衛隊「派遣」の「費用対効果」について、ぼくらは厳しくチェックし、査定する必要があるだろう。対テロ戦争の「後方支援」=補給活動のように「国際的に評価されている」といった、いい加減な表現でもう済まされてはならないと思うのである。

 こうした議論、つまり「海賊対策の軍事化」が現地の漁民や難民にもたらしている重大な人権侵害(その補償はいったい誰がするのか、殺された難民の遺族は誰を訴えることができるのか?)、そして自衛隊「派遣」の経済合理性如何の問題が何も議論されず、またマスコミも問わぬまま、これまで自衛隊を出すことを前提にすべての話が進んできたのである。

 海外のニュース報道では、押しなべて日本は「海軍を派兵した」となっているが、ここで海上自衛隊の「派遣」が本当に妥当な政策選択であったかどうか、改めて問題を整理するために、麻生政権がソマリア沖への海上自衛隊「派遣」を決定するに至った経緯を改めて振り返っておこう。

 麻生首相が、国連の「海賊」問題に関する安保理決議を受け、海上保安庁ではなく「海軍」の派兵を決定したのは、昨年十二月二十五日である。元々、麻生政権には海上保安庁を出すという選択肢などなく、「はじめに自衛隊ありき」の決定だった。
 この決定の呼び水になったのは、昨年十月十七日の衆議院の「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会」における民主党長島議員と浜田防衛大臣による次の質疑・応答、そしてそれを受けた麻生首相の発言である。

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〇長島
 二つの国連決議が出ました。六月二日と十月七日、国連決議一八一六そして一八三八。先ほど話が出ましたね、一八一六は、多国籍艦隊に対して、海賊制圧のため、ソマリア領海への進入と領海内での海賊行為を制圧するための必要なあらゆる手段を認める、こういう決議であります。これが六月二日に出た決議一八一六であります。
 そして十月七日、決議一八三八、この決議は、大要は三つに分かれますけれども、海賊の襲撃がその間、より洗練されてきた、このことを強調している。そして、各国ともより積極的な関与をしてほしい、こういう呼びかけをしております。そして、期限を特定せず、かつ、公海上での活動をあわせて強く要求する、こういう形になっております・・・。
 浜田防衛大臣にお伺いしたいんですけれども、これら一連の国連決議を受けて、あるいはEUやNATO諸国の具体的な行動を受けて、先ほど海上警備行動の話もありましたけれども、我が国として何か具体的な行動に移す、そういう準備、可能性は考えておられますか。

〇浜田
 我々とすれば、現在、ソマリア沖の海域における海賊対策の部隊を派遣する等は検討はしておりませんが、しかしながら、我々は、総合海洋政策本部という関係閣僚から成る法制チームを設置しまして、海賊に対する取り締まりのための法制度上の枠組みについて検討を進めているところでありまして、この法制チームの検討結果を受けてまた考えていきたいというふうに思っているところでございます。

〇長島
 今、取り締まりというお話をされました。取り締まりというのは司法警察の権限に入り込んでいくものですから、法制的にはなかなかこれは難しいんですよ。新しい法律が必要なんです。しかし、やれることはまだあるはずなんですね。
 私は、去年のまさにこの委員会での質疑の中で、何で補給活動なんだ、なぜ日本は海上阻止活動の正面に立てないんだ、やれることがあるんじゃないかと。例えば警戒監視です。海上自衛隊には、P3Cという哨戒機が八十機以上もあるんですね。ある軍事専門家に言わせると、余っている。こういうアセットをこの地域に持っていけばかなり有用じゃないんでしょうか。例えばドイツは、もう既にジブチにある米軍の基地を拠点にP3Cの哨戒機の運用を始めました。浜田防衛大臣、まさに我が国の生命線を握るこの海域が海賊の脅威にさらされている、そういう事態にあって、国防の責任者として、少なくともこういった活動は現行法のもとで私は十分できると思んですが、いかがでしょうか。

〇浜田
 我々とすれば、あらゆる可能性を考えながら今まで対応してきたところもあるわけで、当然その警戒監視というものに対してもいろいろな形で検討の材料にはしてまいりましたけれども、今の現状からいえば、大変おしかりを受けるかもしれませんが、目の前にある法律をしっかりとやって、そしてインド洋の活動というものをやらせていただいて、その後にまたそういったことも可能性を考えていきたい。お考えはよくわかりますけれども、そういう状況であります。

〇麻生
・・・今、民主党の方もこの種のことに御理解があるということに関しましては我々としては大変心強ところでもありまして、ぜひこの問題につきましてきちんとした、日本の国益に沿っておる話でもあろうと思っております。
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 こうして麻生政権に先立つ福田政権においては、自衛隊の派兵はおろか海上保安庁の派遣さえ検討されていなかった「海賊対策」が、麻生政権に変わるや否や、長島副幹事長を始めとする民主党内部の「日米同盟強化」派の「大変心強い」援軍を得て、一挙に海上自衛隊の派兵へと動いたのである。長島議員の質疑を報じた民主党ニュースにもあるように、福田政権を引き継いだ当時の麻生政権の「海賊対策」といえば、「間接的な協力貢献」としての「燃料の無償提供」と、「中長期的課題」としての「沿岸国の能力強化」しかなかった。それは福田政権が「自衛隊の武器使用」や「集団的自衛権の行使」をめぐる、それまでの政府見解と解釈に、それ以上の変更を加えないという方針を採っていたからである。

 麻生政権が本当に「国民生活第一主義」を唱えた福田政権の路線を後継する政権であるなら、「海賊対策」なるものに自衛隊を「派遣」する意思は持たなかったはずだ。せいぜいのところ、「燃料の無償提供」と「沿岸国の能力強化」で十分だったのである。このことは自民党と公明党の支持者もよく考えてみるべきではないか。福田路線は民主党内の「日米同盟」強化派と彼らと志を同じくする麻生太郎その人の連合によって覆され、放棄されたのである。この事実過程をしっかり認識しておきたい。

 長島議員の国会質疑から一ヶ月が経った十一月十八日。日本財団と海洋政策研究財団は「総合海洋政策本部長」たる麻生首相に⇒「ソマリア沖海賊行為への日本の対応に関する提言」を提出する。ぼくらはこの日、笑顔の麻生首相と同じく笑顔の長島議員が「同士」として仲良く同席している姿を確認することになる。

 「海賊新法」の本質を考えるときに忘れてならないのは、自衛隊の派兵が事実上、自公政権と民主党の合意の下で決まったのが、衆議院の「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会」だったということだ。このことは実に象徴的である。

 ぼく自身は自公連立政権の「外交・安全保障」政策が、安保と米軍駐留を永続化するものであるという意味においてこれに反対であり、政権交代を強く期待している主権者の一人である。しかし、長島議員と麻生首相の掛け合い漫才のようなやりとりを読むにつけ、もしも仮に民主党を中心とする政権ができたとしても、米国のグローバル対テロ戦争から自立した日本の「外交・安全保障」政策は、とても望むべくもないと言わざるをえなくなる。
 なぜなら、長島議員が紹介している「海賊」対策をめぐる一連の国連安保理決議が、グローバル対テロ戦争の一環として、ソマリアにおけるイスラム武装勢力の撲滅と封じ込めを目的とし、米国ブッシュ政権の強力なイニシアティブの下に採択されたものであるからだ。

 その昔、米国の「西部開拓」の時代に、「良いインディアンは死んだインディアンだけだ」という表現が使われ、アメリカ先住民族に対するジェノサイドが正当化されたものだが、ペンタゴンの対テロ戦争は、「良いイスラム原理主義者は、死んだイスラム原理主義者だけだ」といわんばかりの「テロリスト」根絶作戦として展開されてきたのである。
 ブッシュ政権丸八年のその好戦的なレガシーからオバマ政権はいかに脱却しうるか。そうなることがぼくらにとっても希望ではあるのだが、なかなか事はそう簡単には運びそうにない。それは六年前のイラクが、いまアフガニスタンで再現されようとしている事態の中にもはっきりと示されている。

 ソマリア、イラク、アフガニスタンでこれから何が起こっていくか、そのことに目を配ることを常に忘れないようにしながら、次にソマリアや「アフリカの角」における米国の対テロ戦争と「海賊対策」国連安保理決議との関連についてみることにしよう。