2012年3月22日木曜日

原子力規制庁の正体

原子力規制庁の正体


 原子力規制庁の設置をめぐる国会審議が始まらない。今のままでは、余程の拙速審議で法案が通過しない限り、ゴールデンウィーク前の規制庁の発足はありえないだろう。少なくとも、現原子力安全委員会が任期切れとなる4月20日までの発足は絶望的だ。
 けれども、原子力規制庁の発足が遅れたとして、それによって何か既存の原発の「安全・安心」に影響が出るようなことがあるのだろうか? 言葉を換えると、今の体制ではできないようなことがあるのかどうか。私は無い、と思う。

 原子力規制庁に関するこの間の報道や一部脱原発派の人びとの主張をみてみると、論点として提出されているのは、結局のところ次の二点くらいしかない。
 一つは、規制庁が環境省の外局として位置付けられていること、これに対し、自民党が対案として打ち出している「政治からの独立性を高める」ために、いわゆる国家行政組織法第三条に基づく「三条委員会」にすべきだ云々に関するもの。
 もう一つは、規制庁職員のほぼ7割が経済産業省の原子力安全・保安院からの異動によるものであり、これで本当に「原子力の安全」を「規制」する機関になるのかという点に関するものである。「ノーリターンルール」があったとしても不十分、という主張である。
 朝日新聞(3/18付の社説、「原子力規制庁―まずは新組織に移行を」)を始めとする主要新聞メディアについて言えば、仮にそういう問題点があるにしても、「「規制の空白期間」ができるのはよくない、だから国会審議を急ぎ、議論を尽くし、早く規制庁を発足させよ」といった論調が支配的である。(たとえば、朝日新聞は、「理想を追うより(?)、まずは原発推進の経済産業省と一体化していた規制行政を分離し、一元化することを急ぐべきだ」と言う。)


 しかし、私は、原子力規制庁がはらむ問題点を把握するにあたって、上のような議論では決定的に不十分だと考えている。私は規制庁が、「経済産業省と一体化していた規制行政を分離」するものとは考えないし(「分離」すると言える法的根拠がない)、「三条委員会」にするか否かに関しても、環境省の外局よりは相対的に、やや「独立性」が担保されるかもしれないが、これ自体は大した問題ではないと考えている。
 〈問題〉は、設置法そのものの中に存在する。これから何回かに分けて、その根拠を整理したいと思う。読者が原子力規制庁の問題点を考える参考になれば幸いである。


 〈原子力科学と原発推進機関としての原子力規制庁
 原子力規制庁の正体を見破るためには、設置法の条文を分析する必要がある。はたしてこれが「3・11」以前の日本の原子力行政の問題点を抜本的に総括し、その克服を実現する機関になるかどうか。つまりは、原子力規制庁が何のために存在するのか、機関としての理念と存在理由の問題である。
 
 内閣官房に「国会提出法案」一覧がある。その1月31日付のものをみると、原子力規制庁の設置法案を含む「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案」がある。
 これらの「法律案」をよく読むと、原子力規制庁が新たに設置されようがしまいが、現行の原子力行政の体制と何らの変わり映えもないことがわかる。なぜなら、原子力安全委員会に代わって設置される「原子力安全調査委員会」なるものに与えられている法的権限が、現在の原子力安全委員会とまったく同じだからだ。

 強調しなければならないが、原子力規制庁を判断するときの基準は、内閣、官僚機構、電力企業に対する「独立性」にあるのではない。、原子力規制庁=原子力安全調査委員会がこれらに対して行使しうる法的権限にある。
 まず、現在の原子力安全委員会の権限から確認しておこう。
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原子力安全委員会 (所掌事務)
第三章第十三条  原子力安全委員会は、次の各号に掲げる事項について企画し、審議し、及び決定する。
一  原子力利用に関する政策のうち、安全の確保のための規制に関する政策に関すること。
二  核燃料物質及び原子炉に関する規制のうち、安全の確保のための規制に関すること。
三  原子力利用に伴う障害(!!)防止の基本に関すること。
四  放射性降下物による障害の防止に関する対策の基本に関すること。
五  第一号から第三号までに掲げるもののほか、原子力利用に関する重要事項のうち、安全の確保のための規制に係るものに関すること。
2  委員会は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律 (昭和三十二年法律第百六十六号)第六十六条の二第一項 の規定により受けた申告について調査し、関係行政機関の長に対して必要な措置を講ずることを勧告することができる。
第四章 原子力委員会及び原子力安全委員会と関係行政機関等との関係
(勧告)
第二十四条  原子力委員会又は原子力安全委員会は、第二条各号又は第十三条第一項各号に掲げる所掌事務について必要があると認めるときは、それぞれ、内閣総理大臣を通じて関係行政機関の長に勧告することができる。
(報告等)
第二十五条  原子力委員会又は原子力安全委員会は、その所掌事務を行うため必要があると認めるときは、関係行政機関の長に対し、報告を求めることができるほか、資料の提出、意見の開陳、説明その他必要な協力を求めることができる。
・・

 原子力安全員会は、原発の「安全」やその「規制」に関し「勧告」(助言)はできても、それ以上の法的権限がない。東電や経産省・文科省や「原子力ムラ」がどんなに危険な原発を放置し続けても、停止命令や廃炉命令を出す権限がない。仮に委員会で何かを決定したとしても、それを国の行政措置として執行させる法的権限を持たないのである。
 つまり、原子力安全委員会や原子力委員会が、官僚機構の完璧な飾り物に過ぎなかったことが「3・11」を招いてしまった最大の要因の一つなのである。これに関し、私たちはもう復習する必要はないと思う。

 では、原子力規制庁に設置される「原子力安全調査委員会」はどうか。
・・
原子力安全調査委員会設置法案要綱
第一総則
 原子力の研究、開発及び利用における安全の確保を確実なものとするため、環境省に原子力安全調査委員会を置くこと。
第二 所掌事務及び組織等
一委員会の所掌事務を次に掲げるもの等とすること。
1 原子力の安全の確保に関する規制その他の施策又は措置に関し、原子力基本法第二条の基本方針を踏まえ、その実施状況に関する調査を行うこと。
2 1の調査の結果に基づき、原子力の安全の確保を確実なものとするため必要があると認めるときは、講ずべき施策又は措置について環境大臣若しくは原子力規制庁長官に対し勧告し、又は関係行政機関の長に意見を述べること。
3 原子力事故等の原因及び原子力事故等により発生した被害の原因を究明するための調査を行うこと。
4 原子力事故等調査の結果に基づき、原子力事故等の防止及び原子力事故等が発生した場合における被害の軽減のため講ずべき施策又は措置について環境大臣若しくは原子力規制庁長官又は関係行政機関の長に対し勧告すること。
5 原子力事故等の防止及び原子力事故等が発生した場合における被害の軽減のため講ずべき施策又は措置その他原子力の安全の確保を確実なものとするため講ずべき施策又は措置について環境大臣若しくは原子力規制庁長官又は関係行政機関の長に意見を述べること・・・。

第三 原子力事故等調査
一委員会が原子力事故等調査を行うために必要な処分について定めること。
二委員会は、原子力事故等調査を終えたときは、当該原子力事故等に関する報告書を作成し、これを環境大臣に提出するとともに、公表しなければならないものとすること。
三委員会は、原子力事故等調査を終えた場合において、必要があると認めるときは、その結果に基づき、原子力事故等の防止又は原子力事故等が発生した場合における被害の軽減のため講ずべき施策又は措置について環境大臣若しくは原子力規制庁長官又は関係行政機関の長に勧告することができるものとすること・・・。
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 要するに、レベル7の福島「原子力緊急事態」の廃墟の中から生まれ、二度と同じ「事態」をくり返さないため、と称して設置される原子力規制庁の「原子力安全調査委員会」なるものは、現行の原子力安全委員会に政府の「事故調」を足したような組織に過ぎないのである。

 これでは、「3・11」をくり返さない既存の原発の「安全・安心」など保障できるはずがない。 ただ、「一元化」の名の元に、安全・保安院と文科省の「原子力ムラ」が、何の責任も問われぬまま規制庁に引っ越すだけの話である。そんな「引っ越し」に血税を費やす必要などまったくないと言わねばならないだろう。
 私の「提言」としては、
①安全・保安院を含む経産省・文科省を筆頭とした官僚機構内の「原子力ムラ」の大体な行革を断行し、
②現原子力委員会と安全委員会に、上に述べた法的権限を与えるよう両者の設置法を改定する。
③どうしても原子力規制庁を作ると言うなら、「原子力安全調査委員会」に同等の法的権限を与える。
 この三点抜きに、レベル7のメルトダウン→メルトスルーの「事態」を必然的に招いた「戦後」の「原子力行政」の抜本的総括などありえないのである。

【参考資料】
●「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案」
概要要綱
●「原子力安全調査委員会設置法案」(概要要綱

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原発再開「規制庁発足が条件」 敦賀市長、経産相と会談(朝日)
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 河瀬一治市長は、「原発の安全性を高めたうえで早期に再稼働させること」を枝野大臣に求めつつ、他方で「原子力規制庁が立ち上がらないと判断の土俵にのれない」とも述べたというが、再稼働の是非判断に規制庁の発足如何は何の関係もない。原発の「安全」に関する、国が言う「暫定基準」であれ「真の基準」(→もしもそういうものが策定できればの話であるが)であれ、規制庁発足を待たずとも、現体制でいくらでもかできるからだ。規制庁の発足それ自体は、原発の「安全・安心」を何も保障しないのである。そのことは、原子力安全委員会や安全・保安院が何のために作られたのかを想起するだけで十分ではないか。
 最低限の「市民の安全・安心」を保障する行政責任を負う立地自治体の首長は、国に対して「真の安全基準」の早期策定とそれに基づく具体的措置の実施をこそ要求し、それを首長としての再稼働判断の条件にすべきなのだ。そしてそうなれば必然的に、全国の原発は少なくとも今後数年間は再稼働できないことになるだろう。

原発再稼働見えず 戸惑う地元 どうする柏崎刈羽(上) 消費減り夜の街 閑古鳥 (日経)
 「・・・ ただ、国が再稼働を認めたあと、最終的に判断する泉田知事は10月に知事選を控え、慎重な言い回しが目立つ。「福島での事故の検証がまず先」。再稼働について何度聞かれても同じ発言を繰り返すだけだ。
 柏崎刈羽原発を今後、どうしていくのか問われても「原子力政策は国全体で議論すべきこと」と明確なビジョンを示さない。関西電力大飯原発などを抱える福井県の西川一誠知事が原子力や新エネルギー関連の産業集積を目指す「エネルギー研究開発拠点化計画」の強化を昨年11月に打ち出したのとは対照的だ。
 柏崎商議所は昨年12月にまとめた中期ビジョンに、原子力防災都市の整備や安い電気を非常時にも停電なしで使える電力特区構想など原発との共生を盛り込んでいる。国が再稼働にゴーサインを出せば、県や市に再稼働を働き掛ける考えだ。しかし、国の安全審査、首長判断など乗り越えるべきハードルは多く、早期再稼働への道のりは険しい」
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 新潟県知事が福井県知事と「対照的」かどうかはともかくとして、立地自治他の首長としての責任を果たしていないことは明らかだろう。「国全体で議論」する前に、県全体として「議論すべきこと」も、規制庁とは無関係に県として決定できることも山のようにある。規制庁に対する幻想を払拭すると同時に、規制庁発足の遅れを口実とした首長たちの責任逃れも許してはならないだろう。

<福島県教委>「原発の是非に触れるな」と指示 現場は混乱(毎日)
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 こういう「混乱」が起こることは、すでに「脱原発の「教育学」」で述べている。「現場のたたかい」はこれからが正念場だ。
 私はむしろ、現場の教師たちのたたかいに対し、日本原子力研究開発機構と協定を結んだ福島大学、「放射線医療」の「権威」がいる県立医科大、JAXAと「協定」を結んだ会津大学を始めとした福島の大学人が、どのような「立ち位置」でどのような行動を起こすかに関心を集中したい。ぜひ、現場の教師たちとともに、たたかってほしい。

本格除染作業スタート まず中学校庭で表土すき取り 「実施計画」策定の流山市(千葉日報)

 松戸市の場合、除染費について、約17億1千万円を国からの補助金と、東電からの損害賠償として支払われることを見込んで市が「諸収入」約11億8千万円を計上したが、結局東電の確約が取れなかったという経緯があるが、流山市はどうなのか。また柏市はどうなったのか。市民の税金を除染に使わず、東電に支払わせるのが筋ではないか。福島県外の「ホットスポット」の自治体は、改めてこの点を市民に対して明確にする必要があるだろう。
「放射線不安」転校相次ぐ 柏、流山、我孫子で100人 震災影響、園児68人も(千葉日報)

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PAC3に石垣困惑「自衛隊地ならしか」(沖縄タイムス)