原発再稼働における「政治主導」とは何か
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書こう書こうと思いつつ、時間がなくてこれまでずっと書けなかったことがある。それは民主党がよく言う、国の政策決定における「政治主導」とは何か、という問題である。
野田政権は、たとえば停止中原発の再稼働について、最終的に「政治主導」で判断する、と言ってきた。「官僚主導」なのではなく、「政治主導」なのだと。
ここで言う「政治主導」とは、大飯原発の再稼働をめぐる下の福井新聞の記事にあるとおり、原子力安全委の「評価」を経て、「野田佳彦首相ら4閣僚」(官房長官、経済産業相、原発相の関係3閣僚)が協議し、最終判断するという意味だ。
しかし、「専門家」の「科学的知見」や「提言」なるものが再稼働を「可」としたときに、それに対して「専門的知識」を持たない政治家が「政治判断」によって「不可」とするのは、「政治の横暴」もはなはだしい話になりはしないか。
あるいは逆に、「専門家」や「科学者」が「不可」としたものを、政治が「可」とするなどというのは、それこそ「独裁政治」になるのではないか。
もちろん、私(たち)が問題にしているのは、「専門家」と言う場合の、その固有名である。原発推進に立場に立つ「原子力ムラ」の面々、「政治的な科学的知見」を述べる「専門家」なんていらない。 また、原発(再稼働)問題で言えば、「専門家」(科学)も政治(与党)も「不可」を下すことである。
ここで私が言いたいのは、民主党の「政治主導」なるものが、原理的には、「政策の意思決定における「市民」主権」という観点と相いれない、「横暴」や「独裁」的手法にいつでも転化する(すでにそうなっている?)、とても危ういもの、ということである。
ポスト「3・11」状況における原発問題に関する「政治主導」とは、〈それが何年先になるのであれ「脱原発」をまず「政治」が確定することから始まる〉、というのが私(たち)の立場であるが、政府、また党として「で、原発をどうするのか?」の決定を先送りにしたまま、再稼働問題を持ち出す官僚政治に民主党が制動をかけられないことが問題なのである。
2
私(たち)が、唯一、「政治主導」に求めているのは、国と地方の政策決定に対する「市民」の直接的関与が可能となるよう、「官僚専制」「官僚特権」の法的根拠を解体し、政策決定の権限/権原を「市民」に開放し、そうすることによって国と地方の「官僚専制」の「鎖」から「市民」を解放することである。
その意味において、野田政権を通じてほぼ完全に「自民党化」してしまった民主党の存在意義は、私(たち)にとっては無くなってしまったと言える。
ここを理解しないと、政治的傾向としては「日本版新保守主義・ポピュリズム」とも言うべき、「大阪の二重行政の解体→統治機構の改革」を掲げる「橋下イズム」が、なぜこれほどまでに大阪の無党派、とりわけ若い世代に支持されるのかも理解できないだろう。国と地方の「官僚・既成政党・労組の既得権政治」に対する失望と怒り。これが「橋下フィーバー」の原動力なのだと思う。
「国と地方の政策決定に対する「市民」の直接的関与が可能となるよう、「官僚専制」「官僚特権」の法的根拠を解体し、政策決定の権限/権原を「市民」に開放し、そうすることによって国と地方の「官僚専制」の「鎖」から「市民」を解放すること」は、この国において果たして可能だろうか? 安保も原発も、公務員や医療制度改革も消費税・TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)問題も、すべてここに行きつくことになる。
停止中原発の再稼働問題を通じ、それぞれの裁判闘争や市民運動にとって、今年は間違いなくそのことが問われる年になる。 「政治主導」の名において、これから野田民主党が何をするか/しないか、しっかり見極めたい。
3
「原発の国民投票」をめざすある弁護士の人の主張を引用しながら、「原発再稼働の法的根拠とは何か」を考えてほしいと書いた。答えは、読者の多くが知る通り、「法的根拠」など存在しない。
国は自治体の判断に委ね、最終的には自治体は事業主体の決定に委ねる(⇒青森県を見よ)。この形式によって、いずれも政治・行政責任を取らず、「事故」が起こったときには、その事業主体が「無主物」の放射性物質による汚染・被ばくには責任を取らない。この国・自治体・電力企業の総無責任体系が、「国策・民営」の日本の「原子力行政」を支えてきた法の実態であり、現実なのである。
「脱原発法学」は、この実態、現実を変えることを志向すべきであるし、せざるをえない。弁護士や法の研究者は、ぜひこのことを「法の問題」として深刻かつ真剣に考えてほしい。この「総無責任体系」を変えることができなければ、国策や行政の不作為・過誤・失政に対する責任を問うことはおろか、再稼働を阻むことさえできないのである。
ただし。私は引用した弁護士のように「原発の運転が再開されれば、裁判闘争も市民運動も、非常に大きな困難に見舞われることは、火を見るより明らかだと思います」とは思わない。
もちろん、再稼働には反対である。しかし、再稼働によって裁判闘争や市民運動が「大きな困難に見舞われる」のではない。 「火を見るより明らか」なことは、
①「「国策・民営」の日本の「原子力行政」を支える法の実態、現実」を変える展望を切り開くこと、このことをこれまでの原発訴訟や脱原発運動が「戦略化」してこなかったこと、だからこそ、
②ポスト「3・11」状況における脱原発運動にこのことが問われている、ということである。
4
大飯原発の再稼働について
福井新聞の記事。
・・
・大飯原発再稼働の時期予測できず 官房長官「総合的政治判断に」
藤村修官房長官は7日午前の記者会見で、再稼働の前提となるストレステスト(安全評価)の評価手続きが進んでいる福井県の関西電力大飯原発3、4号機の再稼働時期について「経済産業省原子力安全・保安院でまだ結論を出しておらず、その後に原子力安全委員会でもチェックするため予測できない。具体的な目標を定めて調整することはない」と述べた。
大飯3、4号機の再稼働をめぐり保安院は、関電が提出した安全評価の1次評価に対し「妥当」との審査書案を提示。国際原子力機関(IAEA)の調査団により審査方法の検証も受けた。保安院は近く正式な審査書をまとめ、原子力安全委員会の二重チェックを受ける。
再稼働には地元の同意が必要で(⇒何度か触れてきたが、「地元合意」の法的根拠はない)、最終的には野田佳彦首相ら4閣僚が再稼働を判断することになる。藤村長官は「総合的な政治判断になる」と強調した。
一方、枝野幸男経済産業相も会見で、再稼働の判断時期について「いつまでと期限を切ってやるつもりは全くない」と話した。 また、細野豪志原発事故担当相は会見で「原子力安全・保安院が(再稼働の対応を)やっている。担当していない者が感想めいたことを言うのは望ましくない」(?)と述べ、保安院の判断を見守る姿勢を示した。
・・
私が問題にしているのは、「総合的な政治判断」「いつまでと期限を切ってやるつもりは全くない」「担当していない者が感想めいたことを言うのは望ましくない」といった表現に読み取れる、これまで「官僚主導から政治主導へ」を語ってきた民主党・野田政権の「構え」である。自分は決断せず/責任を取らず、他者に決断を丸投げし/責任を転嫁し、それがまるで他者のためであるかのように振る舞う、しかし実際には「筋書き」は最初から決まっていた・・・という。
それがいかに他者(この場合には、大震災と原発災害の被災者・被害者、福井や関西圏の人々、そして「私たち」であるのだが)を翻弄/愚弄したことなのかに、彼/彼女らは気づかない。
なぜ、日本の「政治」はこうなってしまうのか? これは民主党をこき下ろすだけではどうしようもない、私たち自身が生きてきた「戦後政治」と「戦後日本」の「主体性論」に関わる〈問題〉なのかもしれない。
再稼働の時期については、 「〈脱原発法学〉のために」の中でこのように書いた。
「今、〈私たち〉は国や東電その他の電力会社と、今夏以降の停止中原発の再稼働問題をめぐり「こう着状態」というか「我慢合戦」状況にある。「豪雪・厳冬のエネルギー不足」キャンペンーンに足をすくわれ、私たちが「根気負け」をすれば、停止中原発の再稼働がいつでもできるように、「ストレステスト」→「安全性に問題ない」→再稼働に向けた行政的手続きを、国と電力企業は着実に進めている」。
別の個所では、「おそらくは福島第一原発の「緊急事態」の「解除宣言」以降」とも書いた。
野田政権としては、できうれば、「3・11一周年」から4月、安全・保安院に「間借り」する「原子力規制庁」が発足する直後くらいには「解除宣言」を出し、政府「事故調」の最終報告と「新エネルギー基本計画」が策定される夏頃を目安に、「野田降ろし」→解散→選挙をめぐる政局の動向、世論と脱原発運動の広がりを値踏みしつつ(=「総合的な政治判断」)、再稼働第一弾に踏み切りたい、という思惑を持っているのではないか。
「甘い!」という批判もあるかもしれないが、これが現時点での私の予測である。
・「福井県、再稼働認めぬ姿勢 大飯3、4号耐性評価」(福井新聞、1/19)
・・・
・温度再上昇の2号機原子炉、注水量増やす
東京電力福島第一原子力発電所2号機の原子炉圧力容器底部の温度が再上昇している問題で、東電は7日、原子炉への注水量を毎時約3トン増やし、昨年12月の「冷温停止状態」宣言後では最大となる13・5トンに変更したと発表した。
同日午前4時半頃に注水を増やした後、原子炉の温度は午前5時が72・2度、午前10時は69度で、横ばい状態が続いている。
2号機では、1月下旬以降、冷却水を移送する仮設配管を交換し、2系統ある原子炉注水配管の注水量が段階的に変更されたため、1月27日に45度だった原子炉の温度が70度前後まで上昇した。6日に行った原子炉内の気体分析の結果から、東電は再臨界の恐れはないとみているが、注水を増やすのに先立ち、念のため、核分裂を抑えるホウ酸約1トンを注入した。(読売)
↓
この記事を始め、2号機問題を報じるマスメディアの「報道」にはいろいろ思うところがある。しかし時間がないので、とりあえず以下のページとその前後のページを参照し、昨年11月に専門家が何を言っていたかを思い出してほしい。
「批評する工房のパレット」内関連ページ
⇒「「冷温停止」状態にある福島第一1、2、3号機で核分裂、臨界、キセノン検出?」(2011/11/2)
・原発自治体に寄付1600億円超
●電気料金制度について議論してきた経済産業省の有識者会議は、「これまでのように費用として認めるべきではない」と指摘。
●公開の義務がないため、実態がよく分からない。
●昭和40年代からこれまでの寄付金総額は、全国で最も多くの原発が立地する福井県が単独で235億円余り、青森県が設立した財団などに192億円余り、青森県東通村で180億円余りなどとなっており、総額は1640億円余り。
●寄付金を巡っては、原発推進を目的に電力会社が申し出るだけでなく、地域振興をねらう自治体側から求めるケースも。
●福井県の敦賀市。日本原子力発電や関西電力、北陸電力などの電力会社が提供した寄付金で、昭和45年以降、劇場や展示場などが入った大型施設が建設されているほか、アニメキャラクターの銅像や市のPRビデオなどの作成、植樹などの事業も。
・福井県敦賀市の河瀬一治市長。平成に入って電力事業者から市への寄付金が多くなっていることについて、「事業者の皆さんが敦賀の街づくりに努力していただいている表れだと思う」「市として、国策で進められてきた原子力に協力してきたし、事業者の皆さんも寄付金という形で地域をよくしようと応援してくれているので、寄付金はなくさないようにしてほしい」。今後も地域振興という位置づけで寄付金の継続を期待。
●静岡県の浜岡原発。平成8年、旧浜岡町が5号機の増設計画に同意する条件として、地域振興への「特段の協力」を求め、中部電力から25億円の寄付を受けたほか、1号機と2号機の廃炉に伴って、平成21年には、静岡県が「国からの交付金を受け取れなくなる」として、代わりに寄付を求め、16億3000万円。
・中部電力に寄付を要請した静岡県の石川嘉延前知事。当時のいきさつについて、NHKのインタビューに対し、「交付金を見込んで計画を立てて始めた工事を、途中でやめると混乱する。ほかの事業にしわ寄せがいかないよう、財源を確保する努力の一環として、中部電力に協力を求めた。寄付金をもらうことで安全の問題に手加減をしたことはない」。
「原発は、ありていに言えば迷惑施設的な要素がある。福島のような大変不幸な事故が絶対ないとは誰も保証できないなかで、寄付金などによる地域振興が、原発を引き受ける要因になっていることは事実だ」。
・今の川勝知事も、毎年、中部電力から寄付金を受け取るたびに、「心から感謝申し上げます。今後とも県政に御理解・御協力をお願いいたします」と謝辞を述べる文書を送り、寄付金で行った工事の詳しい内容を報告。
静岡県は「来年度も中部電力から5億6000万円余りの寄付金を受け取る予定だ」。
●北海道の泊原発。自治体と電力会社が原発推進と地域振興に互いに協力し合った証しとして、北海道電力から泊村に、昭和59年に4億3500万円が、平成13年には8億円。
・原発立地自治体に入った額は
●原発や関連施設のある13の県と北海道、それに30の市町村の、合わせて44の立地自治体を取材したところ、その総額は、原発の建設が始まった昭和40年代から、これまでに少なくとも3兆1120億円。
“重要な財源”
●多くの立地自治体にとって、いわゆる「原発マネー」は重要な財源で、これらが入ってくることを前提に事業を計画。
●内訳は、交付金が9150億円余り、税金が2兆330億円余り、寄付金が1640億円余り。
寄付金の比率は全体の5%余りだが、公開の義務がないため実態は不透明で、実際の金額はこれよりも多い。
また、交付金や税金は、原発が運転を開始したあと、年々減る仕組みになっているため、自治体側が、その代わりに寄付金を電力会社に求めるケースも。電力会社からの寄付金は、公共工事から学校教育や地域振興などソフトな事業まで、原発の立地自治体の裁量で幅広く使えるのが特徴。
●寄付金は、役場の庁舎や公営病院などの大規模な公共工事や、自治体が催すイベントなどの地域振興事業のほか、学生の奨学金など、教育の現場でも使われている。
●国からの交付金は原発の運転が始まると年々金額が減るほか、使いみちが平成15年まで公共施設の建設などに限られていた→このため、自治体の中には、建設した施設の維持費がかさんで、財政負担にあえぐところも→それに比べると寄付金は、原発の立地自治体にとって使い勝手のよいお金で、各自治体が寄付金を求める背景には、こうした事情もある。
寄付は震災・原発事故のあとも
電力会社から原発の立地自治体への寄付は、去年3月、東日本大震災と原発事故が起きたあとも、各地で続けられている。
●中部電力は、静岡県に対し、去年8月、4億6000万円余りを寄付。→静岡県が浜岡原発の1号機と2号機の廃炉に伴って国からの交付金を受け取れなくなった代わりに、中部電力に求めた寄付の一部で、道路の拡幅や小学校の校舎の補修などの工事の費用に。
●中国電力は松江市に対して、去年6月、3000万円を寄付。松江市は、アワビの栽培漁業の振興を目的に、平成17年以降、毎年、この寄付金を。
●日本原子力発電は、去年3月末、福井県敦賀市に対し1億8000万円余りを寄付し、敦賀市は、この寄付金を道路の整備費用に。
●また、震災への復興を目的とした寄付もあり、東北電力は、岩手・宮城の両県とともに、去年3月、福島県に対して1億円を寄付したほか、日本原子力発電は茨城県東海村に500万円を寄付。
・・・
八百長テストで大飯を通すな! 保安院前抗議アクション
~傍聴締め出し撤回と利益相反委員の解任を求めます~
<2月8日(水)>
【1】13時30分~15時30分:聴取会直前アクション
13時30分に経産省別館(保安院)前に集合
(霞ヶ関駅C2出口すぐ、経産省の日比谷公園側の建物)
・30分程度、本館(テントのある側)前と別館前に分かれてチラシ配布→別館正門前にて、アピールやコールなどのアクション(14時よりグリーンピース・ジャパンによる「市民の目」アクションも予定)
【2】18時30分~19時30分:報告&抗議アクション
経産省別館前で、傍聴者による報告も交えた抗議集会
※プラカードや鳴り物など持参歓迎です。なお、意見聴取会は15時~18時30分まで行われます。
<呼びかけ>
福島原発事故緊急会議/東電前アクション/3・11再稼働反対!全国アクション
[連絡先]ピープルズ・プラン研究所
(TEL) 03-6424-5748 (FAX) 03-6424-5749/(E-mail) contact@2011shinsai.info
【当日連絡先】090-6185-4407(杉原携帯)
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書こう書こうと思いつつ、時間がなくてこれまでずっと書けなかったことがある。それは民主党がよく言う、国の政策決定における「政治主導」とは何か、という問題である。
野田政権は、たとえば停止中原発の再稼働について、最終的に「政治主導」で判断する、と言ってきた。「官僚主導」なのではなく、「政治主導」なのだと。
ここで言う「政治主導」とは、大飯原発の再稼働をめぐる下の福井新聞の記事にあるとおり、原子力安全委の「評価」を経て、「野田佳彦首相ら4閣僚」(官房長官、経済産業相、原発相の関係3閣僚)が協議し、最終判断するという意味だ。
しかし、「専門家」の「科学的知見」や「提言」なるものが再稼働を「可」としたときに、それに対して「専門的知識」を持たない政治家が「政治判断」によって「不可」とするのは、「政治の横暴」もはなはだしい話になりはしないか。
あるいは逆に、「専門家」や「科学者」が「不可」としたものを、政治が「可」とするなどというのは、それこそ「独裁政治」になるのではないか。
もちろん、私(たち)が問題にしているのは、「専門家」と言う場合の、その固有名である。原発推進に立場に立つ「原子力ムラ」の面々、「政治的な科学的知見」を述べる「専門家」なんていらない。 また、原発(再稼働)問題で言えば、「専門家」(科学)も政治(与党)も「不可」を下すことである。
ここで私が言いたいのは、民主党の「政治主導」なるものが、原理的には、「政策の意思決定における「市民」主権」という観点と相いれない、「横暴」や「独裁」的手法にいつでも転化する(すでにそうなっている?)、とても危ういもの、ということである。
ポスト「3・11」状況における原発問題に関する「政治主導」とは、〈それが何年先になるのであれ「脱原発」をまず「政治」が確定することから始まる〉、というのが私(たち)の立場であるが、政府、また党として「で、原発をどうするのか?」の決定を先送りにしたまま、再稼働問題を持ち出す官僚政治に民主党が制動をかけられないことが問題なのである。
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私(たち)が、唯一、「政治主導」に求めているのは、国と地方の政策決定に対する「市民」の直接的関与が可能となるよう、「官僚専制」「官僚特権」の法的根拠を解体し、政策決定の権限/権原を「市民」に開放し、そうすることによって国と地方の「官僚専制」の「鎖」から「市民」を解放することである。
その意味において、野田政権を通じてほぼ完全に「自民党化」してしまった民主党の存在意義は、私(たち)にとっては無くなってしまったと言える。
ここを理解しないと、政治的傾向としては「日本版新保守主義・ポピュリズム」とも言うべき、「大阪の二重行政の解体→統治機構の改革」を掲げる「橋下イズム」が、なぜこれほどまでに大阪の無党派、とりわけ若い世代に支持されるのかも理解できないだろう。国と地方の「官僚・既成政党・労組の既得権政治」に対する失望と怒り。これが「橋下フィーバー」の原動力なのだと思う。
「国と地方の政策決定に対する「市民」の直接的関与が可能となるよう、「官僚専制」「官僚特権」の法的根拠を解体し、政策決定の権限/権原を「市民」に開放し、そうすることによって国と地方の「官僚専制」の「鎖」から「市民」を解放すること」は、この国において果たして可能だろうか? 安保も原発も、公務員や医療制度改革も消費税・TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)問題も、すべてここに行きつくことになる。
停止中原発の再稼働問題を通じ、それぞれの裁判闘争や市民運動にとって、今年は間違いなくそのことが問われる年になる。 「政治主導」の名において、これから野田民主党が何をするか/しないか、しっかり見極めたい。
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「原発の国民投票」をめざすある弁護士の人の主張を引用しながら、「原発再稼働の法的根拠とは何か」を考えてほしいと書いた。答えは、読者の多くが知る通り、「法的根拠」など存在しない。
国は自治体の判断に委ね、最終的には自治体は事業主体の決定に委ねる(⇒青森県を見よ)。この形式によって、いずれも政治・行政責任を取らず、「事故」が起こったときには、その事業主体が「無主物」の放射性物質による汚染・被ばくには責任を取らない。この国・自治体・電力企業の総無責任体系が、「国策・民営」の日本の「原子力行政」を支えてきた法の実態であり、現実なのである。
「脱原発法学」は、この実態、現実を変えることを志向すべきであるし、せざるをえない。弁護士や法の研究者は、ぜひこのことを「法の問題」として深刻かつ真剣に考えてほしい。この「総無責任体系」を変えることができなければ、国策や行政の不作為・過誤・失政に対する責任を問うことはおろか、再稼働を阻むことさえできないのである。
ただし。私は引用した弁護士のように「原発の運転が再開されれば、裁判闘争も市民運動も、非常に大きな困難に見舞われることは、火を見るより明らかだと思います」とは思わない。
もちろん、再稼働には反対である。しかし、再稼働によって裁判闘争や市民運動が「大きな困難に見舞われる」のではない。 「火を見るより明らか」なことは、
①「「国策・民営」の日本の「原子力行政」を支える法の実態、現実」を変える展望を切り開くこと、このことをこれまでの原発訴訟や脱原発運動が「戦略化」してこなかったこと、だからこそ、
②ポスト「3・11」状況における脱原発運動にこのことが問われている、ということである。
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大飯原発の再稼働について
福井新聞の記事。
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・大飯原発再稼働の時期予測できず 官房長官「総合的政治判断に」
藤村修官房長官は7日午前の記者会見で、再稼働の前提となるストレステスト(安全評価)の評価手続きが進んでいる福井県の関西電力大飯原発3、4号機の再稼働時期について「経済産業省原子力安全・保安院でまだ結論を出しておらず、その後に原子力安全委員会でもチェックするため予測できない。具体的な目標を定めて調整することはない」と述べた。
大飯3、4号機の再稼働をめぐり保安院は、関電が提出した安全評価の1次評価に対し「妥当」との審査書案を提示。国際原子力機関(IAEA)の調査団により審査方法の検証も受けた。保安院は近く正式な審査書をまとめ、原子力安全委員会の二重チェックを受ける。
再稼働には地元の同意が必要で(⇒何度か触れてきたが、「地元合意」の法的根拠はない)、最終的には野田佳彦首相ら4閣僚が再稼働を判断することになる。藤村長官は「総合的な政治判断になる」と強調した。
一方、枝野幸男経済産業相も会見で、再稼働の判断時期について「いつまでと期限を切ってやるつもりは全くない」と話した。 また、細野豪志原発事故担当相は会見で「原子力安全・保安院が(再稼働の対応を)やっている。担当していない者が感想めいたことを言うのは望ましくない」(?)と述べ、保安院の判断を見守る姿勢を示した。
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私が問題にしているのは、「総合的な政治判断」「いつまでと期限を切ってやるつもりは全くない」「担当していない者が感想めいたことを言うのは望ましくない」といった表現に読み取れる、これまで「官僚主導から政治主導へ」を語ってきた民主党・野田政権の「構え」である。自分は決断せず/責任を取らず、他者に決断を丸投げし/責任を転嫁し、それがまるで他者のためであるかのように振る舞う、しかし実際には「筋書き」は最初から決まっていた・・・という。
それがいかに他者(この場合には、大震災と原発災害の被災者・被害者、福井や関西圏の人々、そして「私たち」であるのだが)を翻弄/愚弄したことなのかに、彼/彼女らは気づかない。
なぜ、日本の「政治」はこうなってしまうのか? これは民主党をこき下ろすだけではどうしようもない、私たち自身が生きてきた「戦後政治」と「戦後日本」の「主体性論」に関わる〈問題〉なのかもしれない。
再稼働の時期については、 「〈脱原発法学〉のために」の中でこのように書いた。
「今、〈私たち〉は国や東電その他の電力会社と、今夏以降の停止中原発の再稼働問題をめぐり「こう着状態」というか「我慢合戦」状況にある。「豪雪・厳冬のエネルギー不足」キャンペンーンに足をすくわれ、私たちが「根気負け」をすれば、停止中原発の再稼働がいつでもできるように、「ストレステスト」→「安全性に問題ない」→再稼働に向けた行政的手続きを、国と電力企業は着実に進めている」。
別の個所では、「おそらくは福島第一原発の「緊急事態」の「解除宣言」以降」とも書いた。
野田政権としては、できうれば、「3・11一周年」から4月、安全・保安院に「間借り」する「原子力規制庁」が発足する直後くらいには「解除宣言」を出し、政府「事故調」の最終報告と「新エネルギー基本計画」が策定される夏頃を目安に、「野田降ろし」→解散→選挙をめぐる政局の動向、世論と脱原発運動の広がりを値踏みしつつ(=「総合的な政治判断」)、再稼働第一弾に踏み切りたい、という思惑を持っているのではないか。
「甘い!」という批判もあるかもしれないが、これが現時点での私の予測である。
・「福井県、再稼働認めぬ姿勢 大飯3、4号耐性評価」(福井新聞、1/19)
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・温度再上昇の2号機原子炉、注水量増やす
東京電力福島第一原子力発電所2号機の原子炉圧力容器底部の温度が再上昇している問題で、東電は7日、原子炉への注水量を毎時約3トン増やし、昨年12月の「冷温停止状態」宣言後では最大となる13・5トンに変更したと発表した。
同日午前4時半頃に注水を増やした後、原子炉の温度は午前5時が72・2度、午前10時は69度で、横ばい状態が続いている。
2号機では、1月下旬以降、冷却水を移送する仮設配管を交換し、2系統ある原子炉注水配管の注水量が段階的に変更されたため、1月27日に45度だった原子炉の温度が70度前後まで上昇した。6日に行った原子炉内の気体分析の結果から、東電は再臨界の恐れはないとみているが、注水を増やすのに先立ち、念のため、核分裂を抑えるホウ酸約1トンを注入した。(読売)
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この記事を始め、2号機問題を報じるマスメディアの「報道」にはいろいろ思うところがある。しかし時間がないので、とりあえず以下のページとその前後のページを参照し、昨年11月に専門家が何を言っていたかを思い出してほしい。
「批評する工房のパレット」内関連ページ
⇒「「冷温停止」状態にある福島第一1、2、3号機で核分裂、臨界、キセノン検出?」(2011/11/2)
・原発自治体に寄付1600億円超
●電気料金制度について議論してきた経済産業省の有識者会議は、「これまでのように費用として認めるべきではない」と指摘。
●公開の義務がないため、実態がよく分からない。
●昭和40年代からこれまでの寄付金総額は、全国で最も多くの原発が立地する福井県が単独で235億円余り、青森県が設立した財団などに192億円余り、青森県東通村で180億円余りなどとなっており、総額は1640億円余り。
●寄付金を巡っては、原発推進を目的に電力会社が申し出るだけでなく、地域振興をねらう自治体側から求めるケースも。
●福井県の敦賀市。日本原子力発電や関西電力、北陸電力などの電力会社が提供した寄付金で、昭和45年以降、劇場や展示場などが入った大型施設が建設されているほか、アニメキャラクターの銅像や市のPRビデオなどの作成、植樹などの事業も。
・福井県敦賀市の河瀬一治市長。平成に入って電力事業者から市への寄付金が多くなっていることについて、「事業者の皆さんが敦賀の街づくりに努力していただいている表れだと思う」「市として、国策で進められてきた原子力に協力してきたし、事業者の皆さんも寄付金という形で地域をよくしようと応援してくれているので、寄付金はなくさないようにしてほしい」。今後も地域振興という位置づけで寄付金の継続を期待。
●静岡県の浜岡原発。平成8年、旧浜岡町が5号機の増設計画に同意する条件として、地域振興への「特段の協力」を求め、中部電力から25億円の寄付を受けたほか、1号機と2号機の廃炉に伴って、平成21年には、静岡県が「国からの交付金を受け取れなくなる」として、代わりに寄付を求め、16億3000万円。
・中部電力に寄付を要請した静岡県の石川嘉延前知事。当時のいきさつについて、NHKのインタビューに対し、「交付金を見込んで計画を立てて始めた工事を、途中でやめると混乱する。ほかの事業にしわ寄せがいかないよう、財源を確保する努力の一環として、中部電力に協力を求めた。寄付金をもらうことで安全の問題に手加減をしたことはない」。
「原発は、ありていに言えば迷惑施設的な要素がある。福島のような大変不幸な事故が絶対ないとは誰も保証できないなかで、寄付金などによる地域振興が、原発を引き受ける要因になっていることは事実だ」。
・今の川勝知事も、毎年、中部電力から寄付金を受け取るたびに、「心から感謝申し上げます。今後とも県政に御理解・御協力をお願いいたします」と謝辞を述べる文書を送り、寄付金で行った工事の詳しい内容を報告。
静岡県は「来年度も中部電力から5億6000万円余りの寄付金を受け取る予定だ」。
●北海道の泊原発。自治体と電力会社が原発推進と地域振興に互いに協力し合った証しとして、北海道電力から泊村に、昭和59年に4億3500万円が、平成13年には8億円。
・原発立地自治体に入った額は
●原発や関連施設のある13の県と北海道、それに30の市町村の、合わせて44の立地自治体を取材したところ、その総額は、原発の建設が始まった昭和40年代から、これまでに少なくとも3兆1120億円。
“重要な財源”
●多くの立地自治体にとって、いわゆる「原発マネー」は重要な財源で、これらが入ってくることを前提に事業を計画。
●内訳は、交付金が9150億円余り、税金が2兆330億円余り、寄付金が1640億円余り。
寄付金の比率は全体の5%余りだが、公開の義務がないため実態は不透明で、実際の金額はこれよりも多い。
また、交付金や税金は、原発が運転を開始したあと、年々減る仕組みになっているため、自治体側が、その代わりに寄付金を電力会社に求めるケースも。電力会社からの寄付金は、公共工事から学校教育や地域振興などソフトな事業まで、原発の立地自治体の裁量で幅広く使えるのが特徴。
●寄付金は、役場の庁舎や公営病院などの大規模な公共工事や、自治体が催すイベントなどの地域振興事業のほか、学生の奨学金など、教育の現場でも使われている。
●国からの交付金は原発の運転が始まると年々金額が減るほか、使いみちが平成15年まで公共施設の建設などに限られていた→このため、自治体の中には、建設した施設の維持費がかさんで、財政負担にあえぐところも→それに比べると寄付金は、原発の立地自治体にとって使い勝手のよいお金で、各自治体が寄付金を求める背景には、こうした事情もある。
寄付は震災・原発事故のあとも
電力会社から原発の立地自治体への寄付は、去年3月、東日本大震災と原発事故が起きたあとも、各地で続けられている。
●中部電力は、静岡県に対し、去年8月、4億6000万円余りを寄付。→静岡県が浜岡原発の1号機と2号機の廃炉に伴って国からの交付金を受け取れなくなった代わりに、中部電力に求めた寄付の一部で、道路の拡幅や小学校の校舎の補修などの工事の費用に。
●中国電力は松江市に対して、去年6月、3000万円を寄付。松江市は、アワビの栽培漁業の振興を目的に、平成17年以降、毎年、この寄付金を。
●日本原子力発電は、去年3月末、福井県敦賀市に対し1億8000万円余りを寄付し、敦賀市は、この寄付金を道路の整備費用に。
●また、震災への復興を目的とした寄付もあり、東北電力は、岩手・宮城の両県とともに、去年3月、福島県に対して1億円を寄付したほか、日本原子力発電は茨城県東海村に500万円を寄付。
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八百長テストで大飯を通すな! 保安院前抗議アクション
~傍聴締め出し撤回と利益相反委員の解任を求めます~
<2月8日(水)>
【1】13時30分~15時30分:聴取会直前アクション
13時30分に経産省別館(保安院)前に集合
(霞ヶ関駅C2出口すぐ、経産省の日比谷公園側の建物)
・30分程度、本館(テントのある側)前と別館前に分かれてチラシ配布→別館正門前にて、アピールやコールなどのアクション(14時よりグリーンピース・ジャパンによる「市民の目」アクションも予定)
【2】18時30分~19時30分:報告&抗議アクション
経産省別館前で、傍聴者による報告も交えた抗議集会
※プラカードや鳴り物など持参歓迎です。なお、意見聴取会は15時~18時30分まで行われます。
<呼びかけ>
福島原発事故緊急会議/東電前アクション/3・11再稼働反対!全国アクション
[連絡先]ピープルズ・プラン研究所
(TEL) 03-6424-5748 (FAX) 03-6424-5749/(E-mail) contact@2011shinsai.info
【当日連絡先】090-6185-4407(杉原携帯)