2012年8月13日月曜日

「百年河清を俟つ」--「戦後」における「竹島問題」をめぐる〈外交の不在〉について

「百年河清を俟つ」--「戦後」における「竹島問題」をめぐる〈外交の不在〉について


 「百年河清を俟(ま)つ」という、三国志の中に出てくる中国のことわざがある。
 黄河のような黄色く濁った河が清くなるのを100年待ち望んでも、虚しい。どれだけ時間をかけても実現しそうももないことを期待するより、今、実行可能な最善の策を尽くし、最悪の事態を回避する努力を重ねる方が賢明という、そういう意味が込められた箴言として使われる中国詩の一節である。

 しかし、戦後官僚政治は、「竹島問題」をめぐっても、「今、実行可能な最善の策を尽くし、最悪の事態を回避する努力を重ね」ようとはしなかった。そして今回もまたそれを繰り返そうとしている。

 今から60年近く前、「竹島問題」に対する外務省の姿勢を、「百年河清を俟つ」のと同じだと言い、痛烈に批判した政治家がいた。自民党の中山福藏(民政党→自民党)である。
 サンフランシスコ「平和」条約と旧安保条約が発効した翌年の1953年3月5日、「国際情勢等に関する調査の件(竹島の領土権に関する件)」を議案とする参議院・外務・法務連合委員会が開かれた。
 当時の外務大臣は岡崎勝男、外務政務次官は中村幸八、外務省条約局長は下田武三。
 委員会における中山(法務委員長)の発言である。 

 「竹島問題は解決すべき問題であると思つておるから私はこう言うのですが、紛糾した場合に適当な措置をとるなどということは、これは私どもはあなたがいつおやりになるか知りませんが、百年河清を待つような政府の答弁を頂きたくない。だからこれは特に私は念を押して政府の覚悟を促さなければならんと思うのです。
 今まで日本の外務省というものはいつもこの手で国民をだまして来た。私どもはもうだまされたくない。だからできるだけ速かに私は何らかの措置を講ぜられんことを切にお願いして私の質問を終つておきます」(「国会議事録検索システム」より)


 この連合委員会が開かれた理由は、委員会直前の同年2月27日、韓国の「国防部」が竹島の韓国領有につき、「米国の確認を得た」旨の声明を発表したからである。前年の1957年1月18日、韓国の李承晩大統領が「海洋主権宣言」を発し、いわゆる韓国の「魚族保護水域」を確定するにあたり、竹島をもその範囲に取りこんだ「李承晩ライン」を打ちだし、「竹島問題」が外交問題として急浮上していた矢先のことだった。

 以下、この連合委員会における主だったやりとりを引用しておこう。
 「歴史に対する無知」を排して「竹島問題」を議論する出発点は、戦後外務官僚の連綿とした過失・失態・不作為、要するに問題解決に向けた「外交の不在」と、それに乗っかってきた歴代自民党→民主党政権の〈失政〉の実態を理解することにある。とりわけても、吉田内閣の岡崎外相と外務官僚の能天気さ加減に注目したい。

 発言の中で特に注目したいのは、「根本はもともとこれは日韓の条約ができておらないことから起つている」「日韓条約の締結に対して政府の施策が今まで遅れておる」という、この問題の核心をついた曾祢益(戦前の外務官僚→旧社会党→民社党)の発言である。

 学習すべきポイントは主に三点ある。
①サンフランシスコ「平和」条約は、「竹島」の日本「領有」を国際法的に保証してはいないこと(⇒米国は日本に対しても韓国に対してもいい加減な態度を取っていたことを知ること⇒日韓両外務省は日韓両市民に対して、「竹島の領有問題」に関する米国政府の文書に基づく公的な見解を引きだす責任を負っていること)、

②「竹島」が歴史的に島根県に登記されていた「岩」であったことをもって韓国市民を納得させることはできないこと、
⇒「国際法から見た竹島問題」(平成20年度「竹島問題を学ぶ」講座第5回 講義録 2008年10月26日 島根県立図書館集会室 (塚本孝))

③日韓両国間の国際条約である「日韓基本条約」において、「竹島問題」が棚上げにされたことが、今日に至る「竹島問題」の根本要因であること、ゆえに日韓両政府は「「竹島」/「独島」問題を日韓の紛争案件にしない覚書」を新たに交す外交交渉を開始する必要があること。
 つまり、日韓両外務省は、両国市民に対し、「竹島」/「独島」問題において、何がどこまで一致し、何がどこから一致しないか、について明確にする責務を負っている、ということである。

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国際情勢等に関する調査の件(竹島の領土権に関する件)」(参議院・外務・法務連合委員会、1953年3月5日)
中山福藏
 そこで一つお伺いしておきたいと思うのですが、これは韓国側の言うことも日本側の言うことも一通り筋を立てて手がけて来ておるものと思う。私どもは日本人として日本の領有であるということを固く信じておるのですが、併し結局両方から水をかけ合つておるというのが実情であります。然らばこの水をかけ合つておることを一つの解決するという姿に持つて行くにはどういう手段方法を講ぜられるつもりか、それを一つ承わりたい。

岡崎勝男
 今政務次官から御説明のように、竹島の帰属というものは、我々は明白なことであつて、疑いを挾む余地は殆んどないと思つております。従つていろいろ声明をしても、これは結局雲散霧消するものであろうと思いますので、徒らに言葉尻を掴えて議論をすることは、半分ぐらい向うに権利があるような印象を与えても却つていかんとも思うので、何もする必要はないという考えでおります。

中村幸八
 その点は先ほども外務大臣が申されましたごとく、別段今ここに取立ててこの問題を協議すべき性質のものではない、明々白々、我が日本の領土である、こういう観点に立つておるのでございます。

 今後なおこの問題が一層紛糾するような虞れがありますれば、何らか適当の方法によりましてはつきりと我が方の主張を声明するなり、或いはアメリカ大使館を通じて、或いは又直接に韓国政府に対して抗議を申込み、適宜そのときに応じた方法をとりたいと思います。

曾祢益 
 最近の日本の領土の変更に関する一番大きな国際条約は、言うまでもなく平和条約です。この平和条約には、日本から主権を放棄する地域には入つておらない、だから日本の領土だという主張が一つある。いま一つは、行政協定です。これに関連する合同委員会の作りましたアメリカ軍の演習区域の中に入つておる。

 従つて、これ又積極的に日本の領土であることが証明される。この二点が積極的な法律的な論拠になつておるのではないかと思うのでありますが、この点については、これはあらかじめお断りしておくべきことだと思うけれども、この島が日本の主権の下にあることについては一点の疑いも持つていないのですが、ただ、今の説明ぶりでいいのかどうかという法律論があるのじやないかと思う。殊に第二に挙げられたいわゆるアメリカの演習地として使用されておる、こういうような理由を挙げることは却つて論拠を弱めるのじやないか。
 例えば何らかの都合で演習地から落してしまうと、逆に韓国側の主張に応援するような論拠をこちらから与えたことになる危険がある。そういう論拠をお使いになることは不適当ではないか、これが第一点として伺いたい点です。

 第二点としては平和条約の解釈として成るほど竹島については、日本の主権から離れる地域、或いは沖縄、小笠原等の特殊な主権、眠つている主権があると言われておる地域とは別でありましようが、併し一方から見るならば、独立する朝鮮という版図にこれが必らず入つていないということが今挙げられた論拠からは積極的な証明はない。

 それから第二には日本と韓国との間の条約ができない間は、平和条約の条項が少くとも韓国側を積極的に拘束するという理由は、韓国側はそういうものを認めないという主張は一応言えるかも知れない。
 そうなつて来ると、今までの御説明、それだけだつたと仮定するならば、それだけでは足りない。もつといわゆる独立する朝鮮側にないのだということと、日本の平和条約から見て日本の領土主権を放棄していない、この両方から証明して行くほうが更に論拠は強いのではないか、かように考えるのですが、根本はもともとこれは日韓の条約ができておらないことから起つていることなんですが、その速かなる日韓条約の締結に対して政府の施策が今まで遅れておる
 いろいろな関係があるにしても、そこが結局根本的な欠陥だと思います。まあその政治論は別としても、今の平和条約の解釈、朝鮮独立問題との関連において、政府のもう少しはつきりした見解をお聞きしたい・・・。 

・・・済州島とか、鬱陵島とか、巨文島、これを含むという規定の仕方だけでは、余り明確じやないように思うのですが、その点は大丈夫なのですか。つまりほかにもいろいろな小島があると思うのですね、実際問題として。これを地図か何かではつきり海域の地図でも作つて緯度や経度から計つて、島の帰属をきめるような取扱をしていない場合には・・・

 私は重ねて申上げますが、竹島の領有に関する何らの疑を持つているわけじやない。だが法律的な説明ぶりがそれで完備しているのかどうか。この問題について伺つているわけなんです。今の程度だけでは必らずしも論議の余地のないほど明確だというふうには、この平和条約に論拠を置いた議論だけでは、私はいけないのではないかという危惧の念を持つたから重ねて伺つているわけなんです。殊に、再びあの行政協定のほうに関連しますが、これは何ら韓国に対する主張すべき積極的な根拠になりません・・・。その点を伺つている。

下田武三
 平和条約の第二条の「含む」というところでありますが、これはそう言いませんと、朝鮮プロパーだけになるといけませんから、それで朝鮮プロパーだけではないのだと言つて、念のためにこの三つの、念のためと申しますか、はつきりこの三つの島をこれは公海の真中に点在しておる島でございますから、諸島とか群島とかいう概念にも含まれないぽつんとある島を三つ拾つて、そうして朝鮮に含めた、そういうように解釈されるのであります。

 併しおおせのように幾多の条約の先例のように条約の附則に地図を付けてちやんと明確にするというやり方は、確に最も明確な規定の仕方だと思います。けれども、これは将来韓国との間に基本条約でもできましたときに、一つの非常に有効な方法だろうと存じます。併しながら平和条約では、ほかの領域の規定の仕方と不均衡に韓国の関係だけを詳細に規定する或いは地図を付けるというわけにはいかないので、全体との調和の見地から簡単ではございますが、私どもの見解によりますと、極めて明確な規定の仕方、韓国との領土の関係についていたしておるように存じます。

 行政協定との関係につきましては、曾祢さんは、それは根拠に援用し得ないとおつしやるのでございますが、アメリカが若し竹島を韓国領土だと見れば、韓国との間の取きめによつて、韓国政府の同意を得て、施設を使用さしてもらうという立場をとるのでありますが、それをしないで日米行政協定の規定に従つて日米合同委員会にかけて貸してもらうという措置をとつたことは、日米間の問題ではありまするが、これ又極めて明白な事実だろうと思います。

平林太一
 只今外務次官から昨日そういうことを米大使館に交渉いたしたいということでありますが、甚だ行動が怠慢であるということをこの際強く述べたいと思います。すでに昨日大使館に行かれて交渉したというようなことは、我が方に対して何か弱味があり、或いは何かそういう韓国側の強い態度に対しまして非常に退嬰的であるということが、こういう問題は更に更に問題を複雑化するということになるのでありまして、今後これは過ぎたことはいたしかたがないのでありますが、外交の機微というものは間髪を入れずして処理しなければ、非常な迷惑をこうむり主客顛倒することが考えられるのでありますから、この点十分今後の問題に対して厳重に外務省に対しまして私はこの際戒告をいたしておきたいと思います。

 非常にこれは怠慢であり失態であるということを申述べたいと思います。それに対しまして何か御答弁ありますか。

中村幸八
 ・・・只今のお話の外交は間髪を入れず機敏に折衝すべきであるということは至極御尤もなお説でありまして、そういう方針で我々はやつておりまするが、ただこの問題につきましては、先ほど大臣が申されましたごとく、余りに明瞭過ぎる問題であつてこれを格別に取立てて論議するということは却つてこちらに弱味があるのじやないかというようにもとられる虞れがありましたので、わざと今日まで黙認し知らん顔をしておつたようなわけでありまして、決して怠慢でもなく、我々は考えるところがあつて別段抗議もせず声明もせず今日に至つたような次第でございます。

・・・
【読んでおきたい一冊】
サンフランシスコ平和条約の盲点―アジア太平洋地域の冷戦と「戦後未解決の諸問題」
(原貴美恵著、渓水社、2005)