2011年5月18日水曜日

国と東電の〈責任〉をめぐる混乱

国と東電の〈責任〉をめぐる混乱


 国の責任
 福島第一原発大災害をめぐる「国の責任」とは何か? それは1950年代にまで遡る、日本の「原子力行政」に対して国が負う政治責任と行政責任のことである。
 政治責任という意味では、①歴代内閣・閣僚・内閣府直轄の原子力委員会・原子力安全委員会委員、②歴代政権与党、国会議員の責任であり、
 行政責任という意味では、③経済産業省・文部科学省を始めとする原発推進官僚機構、原子力関連独立行政法人の責任がこれに含まれる。

 日本の法体系には、原発がメルトダウンを起こし、国家的非常事態を招くという、そういう事態に対して国が負うべき政治・行政責任を明確に規定した法律がない。「国策」として推進してきた「原子力行政」の破綻に対して国はいかなる責任を負うのか? その「基準」がないのである。だから菅政権は、「事故の一義的責任は東電が負う」という、その意味では責任逃れの言辞を、何度も何度も繰り返すのである。

 中小の外食企業が食中毒事件を起こし、死者を出せば、民事のみならず刑事事件に発展し、たいていその企業は倒産し、経営陣も厳しく社会的・経済的制裁を受ける。しかし、「国策」が破産し、死者・被爆者・被災者を出しても、国は税金=カネでケリをつけようとするだけで、決して個々の政策立案・決定者は責任を取ろうとはしない。菅内閣が言う「国の責任」とは、ただ電気料金値上げや増税によって「国民」に「国の責任」を肩代わりさせようとするものに過ぎない。内閣総理大臣や経産大臣が「大臣手当て」を返上し、国が負うべき政治・行政責任をそれで済ませようとしているのである。

 たとえば、今回の賠償案の枠組みでは、東電の「すべてのステークホルダー」(利害関係者)に「協力」を求めると明記し、役職員・株主、顧客企業や個人、東電OBらにも賠償負担が及ぶ可能性があるスキームになっている。
 私は、これ自体は当然のことと考えている。株主・顧客企業・メガバンク等に関して言えば、東電の原発がメルトダウンの事故を起こし、今想定されているだけでも5兆円規模の損害賠償責任を負いうるという投資「リスク」を承知の上で、東電に投資/融資し、これまで儲けてきたのだから。これまで何度もその超高給ぶりが批判されてきた東電経営陣OBは、毎年1億円近い年収を私たちが払ってきた電気料金から得てきたのだから。

 問題は、東電のステークホルダーの責任を問うのと同様の観点から、上に述べた①から③の「すべてのステークホルダー」の政治・行政責任、賠償負担の責任を問うという姿勢が、国=政府にないことだ。ゼロ、である。議論されているのは、せいぜい経済産業省・原子力・安全保安院の省からの分離程度である。

 国が招いた国家的災害に対して、その政策立案や決定に責任を負うべき政府与党・官僚機構とこれらを人格的に表現する閣僚・国会議員・官僚(国家公務員)、その「OB」が、具体的にその進退や個人的賠償責任(減給)などにおいて責任を負わないというのは、いったいどういうことか? 自分たちには責任はないが、東電のステークホルダーや納税者一般にはあるということか?
 内閣府で言えば、原子力委員会・原子力安全委員会は何の責任も問われることなく、何事もなかったかのように存続することが、果たして許されるのか? それぞれの歴代委員長・各委員の責任問題はどこに消えたのか?
 あるいは、経済産業省と系列独立行政法人・機関であれば、1、資源エネルギー庁、2、原子力安全・保安院と原子力安全基盤機構、3、総合資源エネルギー調査会・原子力部会、原子力安全・保安部会はどうか。
 文部科学省であれば、1、日本原子力研究開発機構、2、日本原子力研究所、3、核燃料サイクル開発機構はどうか・・・。


原子力委員会の責任
 国の責任を考える一例として、国の原子力・原発「施策を計画的に遂行し、原子力行政の民主的な運営を図る」ことを目的とする原子力委員会(1956年設置)およびその委員の責任を考えてみる。
 ちょうど10年前、東電柏崎刈羽原発へのプルサーマル導入に対する住民投票があった。ここに住民投票をめぐる新潟日報の特集記事がある。そこに、名だたる原発推進論者であり、当時の原子力委員会委員であった「評論家」、木元教子氏の「導入、必然の流れ 原子力は基幹電源」という見解が掲載されている。以下、それからの抜粋。

・「日常の暮らしの中でも リサイクルの発想がある。原子力も同じだ(???)。最終的には高速増殖炉まで進める が、ウランを再処理し、MOX燃料にして軽水炉で燃やすことはウランの有効 利用の点で当然(?)であり、プルサーマル導入の流れは必然だ(?)」
・「製造元がデー タを公開しないのは、安全でないからとは思わない。機密保持は安全性確保の手段とも解釈できる(???)。業者への不信感が、MOX燃料は危険という話につな がっていることは残念だ」
・「原発立地点の住民は被害者、電力の大消費地は加害者との声も耳にする。柏崎刈羽は世界に冠たる原発(???)だ。被害者意識から脱し、国のために原発を引き受 けていると胸を張ってほしい(!!!)」。

 「日常のリサイクル」と「核燃料のリサイクル」を同一次元で語る原子力委員会・・・。「言葉を失う」とは、こういう言説に対して言うのだろうが、これが原子力・原発への基礎的知見さえ持っているとはとても思えない、原子力委員会・委員の「見解」なのである。
 木元氏を含む歴代原子力委員会委員は、自らが国の広告塔となり推進してきた東電の原発事業に対し、いかなる責任を負うつもりなのだろう? 責任問題を棚上げにしたまま原子力委員会は存続が許されてよいのだろうか?

 国の忌々(ゆゆ)しき失政・不作為、原子力産業・電力企業への「監督責任」の不履行。そして「原子力緊急事態」=国家的非常事態を招いたことに対し、政府・与党・官僚機構、国会議員の誰も政治・行政・経済的責任を取ろうとしない。それが許される国家。日本という国は、何ともオメデタイ国であるらしい。それを許している私たちは、何と官僚と政治家に「心優しき国民」であることか。


 メガバンクの責任
 JALの稲盛会長が「東電はまだ健全な会社だ」と言い、「(日航のように)倒産して会社更生法が適用された場合は債権放棄もあるが、何もないままで債権放棄となるのは問題ではないか」と、枝野官房長官が金融機関に東京電力向け融資の一部債権放棄を求める趣旨の発言をしたことに対し、「疑問」を呈したという。
 また、自民党の石破政調会長も、「経済の潤滑油たる金融機関は預金者と株主に支えられており、債権放棄は国民負担に返ってくる。かなり踏み込みすぎ(???)であり、熟慮されて行われた発言とは思えない」と言ったという。今日(5/18)のことだ。

 原発事故と強制停電強行によって、東電の電力企業法人体としての経営破綻と事業遂行能力の破綻は明白になった。にもかかわらず東電の企業体としての存続を大前提に賠償スキームを構築しようとしているところに、政府案の根本矛盾がある。国の責任も不明確だが、「一義的な責任」を負うべき東電自体の責任がどこまでに及ぶかも不明確である。そして両方の責任が不明確であることが政府案に対する政府内外からの批判を招き、法案化が先送りされることによって、被災者への賠償が先送りされる。

 公的資金を東電に投入する場合には(賠償を国が「補助」するとはそういうことだ)、東電の経営者・株主・債権者の責任が追及され、それ相当の「負担」を負うのは当然のことだ。東電の株式価値はすでに大暴落しているが、事故対処・電力確保・賠償問題を通じて東電が債務超過になるなら、株式価値をゼロし、東電を「国有化」することも当然のことである。これに応じて東電の債権者も、当然、債権放棄の運びになる。

 無論、私は東電一時「国有化」が及ぼす経済的影響を考慮していないわけではない。東電は7兆円の有利子負債と79万人の株主を持ち、残高5兆円規模の社債や銀行の融資債権を抱えている、と言われている。これらが「チャラ」になれば「マーケット」の一時的混乱は避けられないだろう。しかしだからと言って、東電の責任問題を曖昧にし、納税者一般に責任転嫁することは許されない
 あらゆる議論は、ここから出発しなければならないし、それ以外の「スキーム」などありえない。政府がこれを曖昧にしようとするなら、私たちは断固として声を上げるべきではないか。すべての被災者・被曝者・被害者、そして私たち自身のために。それが「市民社会」が通すべき〈筋〉というものだと私は思う。

・・・
5/19
福島原発3号機、窒素注入できず 補佐官「一番心配」
 東京電力福島第1原子力発電所では3号機が最も不安定な状況が続いている。5月に入り圧力容器の温度が急上昇。注水量を大幅に増やし、ようやく下降傾向にあるが、1、2号機に比べるとまだ高い。18日には爆発後初めて作業員が原子炉建屋内に入ったが放射線量が高く、再爆発を防ぐ窒素注入がすぐに実施できないこともわかった。政府と東電の統合対策室が19日に開いた記者会見で、細野豪志首相補佐官は「3号機が一番心配な炉である」と強調した。
 3号機は圧力容器への応急的な注水がうまくいかず、15日には容器の一部で275度を記録した。当初毎時6トンだった注水量を段階的に引き上げ17日から毎時18トンにした。1、2号機のほぼ3倍の注入量で19日午前には158度まで下がった。 原子力安全委員会の班目春樹委員長は「3号機も炉心溶融(メルトダウン)は起きているだろう。1号機のようにすべての燃料が容器の底に溶け落ちて水につかっているのではなく、部分的には炉心の支持板に残って水から出ている」との見方を示す。

 容器内の水位が下がれば再び温度上昇する可能性は高い。当面、現在の注水量を維持する見通しだが、放射性物質を含む汚染水の量も増える。17日から汚染水の集中廃棄物処理施設への移送を始めた。3号機の原子炉建屋には18日夕に作業員2人が入った。窒素注入を予定している配管が使えるかどうかを確認しようとしたが、放射線量が毎時160~170ミリシーベルトと高く、約10分で調査を打ち切った。東電はこの事実を19日に初めて公表した。経済産業省原子力安全・保安院にも同日に知らせたという。
 窒素は格納容器内にたまる水素が爆発しないようにするために注入する。1号機ではすでに4月7日に開始、3号機でも早い段階から検討してきた。東電は19日の会見で「遮蔽対策で予定の配管を使えるか、それとも別のところから注入するかを考えたい」とし、再検討する方針を明らかにした。(日経電子版

安全設計審査指針「明らかに間違い」班目氏
 原子力安全委員会の班目春樹委員長は19日、福島第1原発事故を受け、原発の安全設計審査指針など各種指針を見直す方針を示した。安全設計審査指針は「長期間にわたる全電源喪失を考慮する必要はない」と規定しており、班目委員長は「明らかに間違い」と述べた。 電力会社は、原子力安全委が決める各種の指針に基づいて原発を設計、建設しており、安全設計審査指針、耐震設計審査指針などの基準を満たす必要がある。この基準に落ち度があったと安全委が明確に認めたことで、原子力行政の在り方があらためて問われそうだ。
 今回の事故は電源喪失で事態が深刻化した。班目委員長は記者会見で、津波による電源喪失に対して防護が十分でなかったと説明。「(安全対策に)穴があいていたことが分かってしまった」と語り、多重防護を原則として指針を改定するとした。 3月11日の地震では福島第1原発の2、3、5号機で、想定した最大の揺れの強さ(基準地震動)を最大3割超えた。班目委員長は「予想を上回る地震だった」とし、耐震設計審査指針も見直し対象になるとの考えを示した。 改定作業の時期については、なるべく早く始めたいとしながらも「何が起こったか、はっきり分かっていない段階では議論が拡散するだけだ」と明言を避け、事故原因究明を待つ考えを示した。(毎日
⇒「「原子力緊急事態」: 工程のない「工程表」のデタラメ