2013年8月26日月曜日

「魂の冷たくなるようなことば」 ---被爆者差別の歴史は消えない

「魂の冷たくなるようなことば」 ---被爆者差別の歴史は消えない
「水や空」 長崎新聞社説)より

作家の堀田善衛が被爆十数年目の8月9日に長崎を訪れたとき、市中央部の事務所の女性に「今日は九日だが、祈念祭には行かないの?」と尋ねたところ、驚くべき答えが返ってきた。「原爆ですか。あれは浦上もんのこつじゃけん、わたしらは行かんとです」(随筆「長崎」)

▲冷酷極まる答えを「彼女は、朗らかにいい放ったのである」と、堀田は「驚愕(きょうがく)した」。堀田は他にも、非被爆者の「魂の冷たくなるようなことば」を耳にしている 
▲ここでの「浦上」を被爆者の代名詞として、被爆者の苦しみに無理解な女性の姿を、当時の非被爆者の多数の姿の象徴として考えることができそうだ。そんな「魂の冷たくなるようなことば」は、既に被爆直後から飛び交っていたことが、永井隆の「長崎の鐘に記されている

▲差別を受けた浦上の信徒が永井に訴える。
「誰に会(お)うても、こう言うですたい。『原子爆弾は天罰。殺されたものは悪人だった』。それじゃ、わたしの家内と子供は悪者でしたか!」 
▲広島原爆を描いた漫画「はだしのゲン」の価値が高いのは、被爆の実相を伝えているだけでなく、その後の差別の実態を克明に描き告発しているからだ。被爆者の苦しみは日本人同胞によって増幅されたのだという、目を背けたくなる現実を伝えているからだ

▲この先、被爆者がいなくなろうとも、被爆国日本に刻まれた差別という痛恨の歴史は消えず、忘れることもできない。(信)
・・

「過激な描写」?

「はだしのゲン」閲覧制限を撤回 松江市教育委員会
 松江市教育委員会が市立小中学校に漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を求めた問題で、市教委は26日、教育委員の臨時会議を開き、制限の要請を撤回することを決めた。
 教育委員は22日の定例会議でこの問題を協議したが、結論を持ち越していた。

 松江市では昨年8月、「ゲン」を学校の図書館に置かないよう求める陳情があったが、市議会は12月、不採択にした。 ただ、「過激な文章や絵が多い」という意見が出たことを受け、市教委事務局は12月の校長会で「一部に過激な描写があり、教員のフォローが必要だ」として、自由に閲覧できない「閉架」の措置を学校側に要請した。(共同)

「教育上の配慮」?

「はだしのゲン」 教育上の配慮をどう考えるか8月25日付・読売社説より)
「・・・ 憲法は、表現の自由を保障し、検閲を禁じている。市民が広く利用する一般の公立図書館で蔵書の閲覧を制限することは、こうした観点から許されない。
 ただ、小中学校図書館を一般図書館と同列に論じることは適切ではあるまい。作品が子供に与える影響を考える必要がある。心身の発達段階に応じた細かな対応が求められるケースもあるだろう」
「・・・連載当初は、広島の被爆シーンがリアルすぎるとの批判もあったが、そうした描写こそが原爆の惨禍の実相を伝えてきた。 被爆者の高齢化が進み、戦争体験の継承が大きな課題になっている中、「はだしのゲン」が貴重な作品であるのは間違いない」

「・・・その一方で、作品の終盤では、「天皇陛下のためだという名目で日本軍は中国、朝鮮、アジアの各国で約3000万人以上の人を残酷に殺してきた」といった根拠に乏しい、特定の政治的立場にも通じる主張が出てくる」
「・・・表現の自由を尊重しつつ、同時に教育上の影響にも目配りする。学びの場で児童生徒が様々な作品に接する際、学校側がどこまで配慮すべきかという問題を、松江市のケースは投げかけている」