2009年3月2日月曜日

猫の首に鈴をつけるのは誰か---小沢発言の波紋

『永遠の安保、テロルな平和』のための随想録⑤

猫の首に鈴をつけるのは誰か---小沢発言の波紋

 小沢民主党党首の発言が波紋を広げている。先週の2月25日の在日米軍再編に関する彼の発言、「極東におけるプレゼンス(存在)は第7艦隊で十分」という表現に端を発したものだ。
 小沢発言の概要と、それに対する各政党とマスコミの反応の一部は⇒「中野憲志の資料ブログ」にまとめている⇒「小沢発言の波紋」をみてほしい。そしてまず、自分だったらこの小沢発言に対して何を語るかを考えてほしいと思うのである。

 かつて「米軍駐留なき安保」を主張し、最近では日米地位協定の「抜本的見直し」を党の政策綱領に盛り込んでいる野党第一党の民主党党首として、在日米軍および基地の規模縮小を提起し、米軍再編に伴う日本の財政負担の増強に異を唱えることは、とりたてて驚くことでも、騒ぎ立てるほどのことでもない。むしろ、「対米追随」としか映らない麻生政権の外交・安保政策に対して、広範な批判が巻き起こらないことのほうが不思議である。

 もちろん、細かいことを言い出せば、小沢発言には疑問や異論が山ほどある。
 最も核心的なことは、「対等な日米同盟」という言葉の定義がよくわからないことである。一応それは、日本が「普通の国」になり、「普通の軍隊」を持てるように憲法九条を改定した暁に、政権をとった民主党政権あるいは民主党を中心とした連立政権が、米国と新たな「日米相互安全保障条約」を締結し直す、ということになるのだろう。
 しかし忘れてならないのは、そのためには現行の安保条約を一度は破棄しなければならないということである。安保条約は、日本が「普通の国」であり、「普通の軍隊」を持つことを前提にはしていないからである。にもかかわらず、民主党のマニフェストからは、そこまで踏み込む意思を民主党が持っているのかどうか、読み取ることはとても困難である。その結果、いま一つ、民主党が「で、安保をどうするのか?」が分からない、としかいえなくなってしまうのである。

 この問題は、民主党の政策綱領の根幹に関わることであるが、それ以前にもっと分からないことがある。それは、なぜ「極東の平和と安定」のために第7艦隊が必要なのか、小沢党首が何もその根拠を明らかにしていないことである。「北の脅威」と「台湾海峡の不安定さ」を根拠に安保と「日米同盟」が必要だという点では、小沢民主党と麻生自民党は一致している。奇妙なことに、両者は「日本の安全保障上の脅威」をめぐる認識を、ほぼ完璧に共有しているといってよい。
 ぼくらがいまこそ考えなければならないのは、「日米同盟」の強化が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の現体制の延命(国家主権の保持)と「自衛権の行使」に名を借りた「先軍政治」と、中国(中華人民共和国)の対抗的覇権政治と宇宙軍拡に正当性の根拠を与えてしまっていることもまた、客観的事実だということである。

 どの国家も、周辺諸国や地域的な「軍事バランス」の不均衡を口実に軍拡と軍事テクノロジーの技術革新を正当化する。そして、「国民」の血税をむしりとりながら、国家=権力の「平和と安定」をはかろうとする・・・。ぼくの小沢発言に対する応答は、「第七艦隊でさえ必要ないのではないか」というものであるが、民主党が責任ある政党としてそこまで真実に踏み込んだ発言をすることを、ぜひとも期待したいと思う。

 小沢発言に対する波紋に関して言えば、残念ながら各党の反応は、あまりに凡庸すぎて、ぼくらの政治的想像力を新たにかきたてるような代物にはなっていない。麻生発言は、「国民」の利益を守るのではなく、「虎の威」ならぬ米国の威を借りて、米国の国益と安保利権を守ることしか頭にないようであるし、共産党も社民党も旧態依然たる党是を繰り返すのみである。
 また、毎日新聞の社説は、安保・基地・米軍再編に対して、社としてどのような立場に立ち、何を政策的に提言するのか、その内容を何も提示せずに小沢発言の矛盾点ばかりを突くものとなっている。その結果、小沢発言よりも何がいいたいのか分からない、没主体的なただの評論になってしまっている。
 毎日新聞の社説との対比でいえば、読売新聞の社説はやや趣きを異にしている。社説は、小沢発言の内容に踏み込み、小沢批判を展開している。読売新聞の社説はいう。

 「「小沢理論」には多くの重大な欠陥がある。そもそも在日米軍の駐留目的は、日本防衛だけでなく、極東の平和と安全の確保にもある。アジアには、北朝鮮の核やミサイル、中国の軍備増強など不安定要因が多い。在日米軍は、朝鮮半島や台湾など日本周辺有事に対する強力な抑止力となっている。仮に米空軍と海兵隊がいなくなれば、その軍事力の空白をどう埋めるのか」。まるで日米両政府の答弁をきいているような錯覚におそわれる。まさにこのような論理が、安保の永続化・米軍無期限駐留の正当化のために、これまで何度も何度もくり返されて主張なのだ。

 しかし、では読売新聞は、安保条約と安保体制、そして在日米軍の駐留が無期限に続いてよい、続くべきだと考えているのだろうか。「北朝鮮の核やミサイル、中国の軍備増強」が、具体的にどのように日本や「周辺」の「有事」に発展しうるというのか。軍事的デモンストレーションはこれまでもあったが、実際に中国が「台湾」を侵略し、武力で統一するなどという事態がありえるのだろうか。「国益」上の利害対立はあるにせよ、いやそれらをも外交ルートで調整しながら、中国との「戦略的互恵」関係をさらに深めようとしているのがいまの日中・米中の関係であり、「中国の軍備増強」を安保正当化論の引き合いに出すのは、まったくの時代錯誤、現実とかけ離れた空論だというほかはない。
 くり返しになることを恐れずにいえば、「北朝鮮の核やミサイル」は、日米安保と韓米安保に対する防衛的=対抗的手段として位置づけられている。ということは、いまだ「休戦」状態にある朝鮮戦争を完全終結させ、米朝の国交回復をはかり、それに伴い朝鮮国連軍の撤退と米韓安保の段階的解消がなされ、これらと連動した日米安保の段階的解消、在日米軍の段階的撤退へ向けたロード・マップを描くことこそが、「極東の平和と安全」につながる「安全保障」政策だというべきである。
 毎日新聞と読売新聞の編集委員や記者たちには、もう一度社説の内容をよく練り直し、自社として何を語るか、検討し直してもらいたいと思うのだ。(⇒「「日米同盟」の呪縛――「日米同盟」とマスコミ」を参照

 ぼくとしては、来年、再来年と続く「安保条約半世紀」「安保体制六〇年」を前に、小沢発言が安保論議の「パンドラの箱」を開けること、そして安保利権と「右」から「左」、「保守」から「革新」のイデオロギーのスペクトラムをすべてシャッフルし直し、「で、ぼくらは安保をどうするのか?」、この議論の呼び水となることを、ただただ願うばかりである。その議論を、いまから本格的に始めること。これこそがぼくが提起したいことのすべてである。これから生まれてくる子どもたちが、二〇年、あるいは三〇年経っても同じ水準の議論を繰り返さずにすむように・・・。

 こうして話はめぐりめぐって⇒『永遠の安保、テロルな平和』の「はじめに」へと戻ってゆくのである。

 猫の首に鈴をつけさせないのは誰か

 小沢一郎民主党代表の公設第1秘書ほか3名が、準大手ゼネコン「西松建設」から違法な企業献金を受け取っていたとして、昨日(3月3日)逮捕された。この事件が今後どのように進展していくか、とても予想することはできない。しかし、事件の真相とは別の問題として、この事件および事件の進展をめぐる今後のマスコミ報道が持ちうる政治的効果について、ぼくらは慎重かつ冷静に、事件そのものと距離を置いて分析しなければならないだろう。

 もちろん、与野党と問わず「金権政治」を一掃し、国会から地方議会にいたるまで「クリーンな政治」が貫徹されることに誰も異論はない。抜け穴だらけの法であれ、現行法の「厳粛」で「公正」な執行がなされることをこそ望みたいと思う。しかし、今回の逮捕劇には、そうした問題だけでは済ますことのできない政治的波及力がある。

 「国策捜査」が事実であろうがなかろうが、いまのこの時期に野党第一党の党首の側近が逮捕されたという事態そのものの中に、何がしかの「国策的要素」が潜んでいるとみるべきである。この事件をめぐるマスコミ報道に翻弄されずに、それが何かを見極めることが重要である。