2008年11月24日月曜日

自衛隊と安保~懲りない「憂国」の士?―田母神俊雄の狂言劇

Ⅰ 自衛隊と安保

(1) 懲りない「憂国」の士?――田母神俊雄の狂言劇
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田母神氏、核武装の必要性に言及 産経新聞で
2008年11月28日(東京新聞)

歴史認識に関する政府見解を否定する論文を発表して更迭された田母神俊雄・前航空幕僚長が28日付の産経新聞のインタビューで「民主主義だったら核武装すべきだという意見もあっていい。核兵器を持たない国は核兵器を持った国に最終的には従属させられることになりかねない」と述べ、日本の核武装の必要性に言及した。

日本は唯一の被爆国として非核3原則を堅持しているだけに、前空自トップが核武装を求めたとも取れる発言をしたことは、近隣諸国に懸念を与えかねないほか、文民統制(シビリアンコントロール)の問題もあらためて問われそうだ。これに関し河村建夫官房長官は同日午前の記者会見で「退職した人の発言にコメントする立場にない。それぞれ言論の自由は保障されている」と述べるにとどめた。

インタビューで田母神氏は「北朝鮮が核兵器を持ちたがる理由は1発でも米国に届く核ミサイルを持てば、武力制圧が絶対できなくなるから」と指摘。その上で「核兵器の基本が日本では議論されたことがない。核兵器を持つ意思を示すだけで核抑止力はぐんと向上する」と強調している。(共同)

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 田母神の『日本は侵略国家であったのか』が少し前に話題になった。読んでみて、いろんな感想をもったが、『永遠の安保、テロルな平和』との関連で二、三のことを思いつくままメモしておこうと思う。

 ぼくは、自衛隊の合憲・違憲性の議論を改めてしたり、自衛隊をどうするのかを考える前に、安保をどうするのか、日本がいつ安保を解消するのか、どうすれば解消できるのかを議論する方が先決ではないか、とずっと考えてきた。田母神論文を読んだ最初の印象は、やはりそうすべきだ、ということである。

 「戦前」の歴史認識以前の問題としての、田母神論文の論文としての水準、国際法(規)の理解度の低さ、きわめて意図的な史実の歪曲、あるいは無理解などは、ここでの関心事ではない。もっといえば、彼の個人的な「戦前」の歴史認識などはどうだってよい。ぼくがどうしても気になるのは、この人をはじめとした自衛隊の制服組や隊員、防衛省の内局、背広組、研究者を含めた職員の「戦後」の歴史認識である。

 田母神に関していえば、とくにその何ともいえない卑屈で歪んだ対米認識や安保認識が論文の中に散見されるが、ぼくらはそれがなぜなのかを、一度じっくり考えてみる必要があると思う。たとえば、次のような田母神の主張をどう考えるべきか。  

 「現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難である。日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な基地を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返ってこない。」

 「自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。

 アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。日本国民は20年前と今とではどちらが心安らかに暮らしているのだろうか。日本は良い国に向かっているのだろうか。

 私は日米同盟を否定しているわけではない。アジア地域の安定のためには良好な日米関係が必須である。但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のようなものであることが望ましい。子供がいつまでも親に頼りきっているような関係は改善の必要があると思っている。」

 このような田母神は主張は、実は自衛隊をも含めて、安保条約と安保体制をどうするのか、さらには安保の自動延長以降、安保が永久化していることを日本という国が国をあげて放置してきたことが、その根本にある。田母神は、おそらくはそのことを自覚している。しかしそれにはまったく触れず、「私は日米同盟を否定しているわけではない」と逃げてしまうのである。

 「戦後」の「反米・保守」や「右翼」や「民族主義」者と呼ばれてきた者達や政治勢力は、安保の解消と米軍の撤退を政治的アジェンダとするのではなく、社共や日教組、「反戦・平和」運動に対する攻撃を第一義的な目的としてきた。そしてそれとの関係で「自虐史観」や「東京裁判史観」を云々してきた。けれどもその反面というか、だからこそというか、米国や米軍に対して、非常に屈折した精神構造を形成してきたのではないだろうか。米国や米軍を相手にすることより、社共や日教組を叩く方が何と簡単なことか。田母神もまたその典型的人格であるように思う。

 安保抜きに、米軍抜きに、日本がいったいどのような「安全保障」戦略を構想しえるのか。また自衛隊が自衛隊として存在しえるのか。いまの自衛隊員は、米国の「対テロ戦争」と日本が戦略的同一化をはかり、前線に送られ、「テロリスト」を殺し、殺されてもよいと本当に考えているのだろうか。いや、戦争を知らない自衛隊に、日本のどの社会セクターよりももっとも自殺率が高い自衛隊に、本当に海兵隊がイラクやアフガニスタンでやってきたような集団虐殺に手を染めることができるのだろうか? 国家として「テロとの戦い」をするということは、そういうことなのである。

 自ら「戦争を知らない子供たち」の一人として田母神自身が、すべての自衛隊員、そして「国民」に本当に問題提起しなければならなかったことは、こうした問いかけではなかったのか。

 なぜ、「戦後」の「反米・保守」や「右翼」や「民族主義」者と呼ばれてきた者達や政治勢力は、一九七〇年代以降、急激に「親米・安保堅持・日米同盟」派となってしまったのか? これが、田母神論文がぼくらに突きつけている、もうひとつの問題である。ぼくは2008年8月に出版した⇒『制裁論を超えて』の中の⇒「安保を無みし、〈平和〉を紡ぐ」という論文の中で、この問題に少し触れている。しかし、これについては日をおいてまた書くことにしたい。

(2)
 自衛隊と安保のことを考えることは、自衛隊と米軍の関係を考えることである。
 田母神は、米軍基地が首都圏に存在することを問題視しているが、「これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返ってこない」と、あっさりと言い流してしまう。日本が基地返還を要求しても、「そう簡単には返ってこない」のはなぜなのか、その状況を自衛隊のトップとしてどう考えるのか、そういう次元で問題を捉え返そうとする姿勢が田母神にはない。

 一方で「反米・愛国」的な、日本の文化・社会のアメリカナイゼーションに対して批判めいたことを書き立てながら、他方で「日米同盟」についてはあっさり容認してしまう。その結果、米軍の存在や基地問題についてそれ以上言及することが論理的にできなくなってしまうのだ。

 一九九○年代半ば以降の安保の再定義や米軍再編の本格化の中で、「近未来的には米軍は日本から完全撤退するはずだ」という楽観的予測や分析の下で、多くの人が安保のことを語ってきた。しかし、現実には米軍駐留と基地・施設利用は無期限化しようとしている。文末の新聞記事によれば、ただ沖縄に駐留している海兵隊の部隊移転をするだけでも「一〇年程度」かかるという。こういう状況であれば、今後二〇年、三○年の間に米軍撤退と基地の全面返還が実現しそうにないことは明らかではないか。

 これまで、返還された米軍基地の自衛隊の使用、米軍基地の「軍民共用」化、自衛隊基地や民間空港・港湾の米軍による使用化が進行してきたわけだが、これらの事態に田母神をはじめとした「日本の自立」や「国家主権」に「愛国」を語る者たちが目をつむってきたのはなぜだろう。改憲による憲法九条第二項の改廃によって、仮に自衛隊が「国軍」として憲法上位置づけられたとしても、安保がある限り、「有事」(もしもそんなことがあればの話であるが)の際の自衛隊の戦闘行動の最終指揮権を米軍が掌握している現実が変わるわけではない。田母神は自衛隊のトップとして、なぜそのことを一度として問題にしてこなかったのか。

1、安保とは日本を守るのではなく米国の「平和と安全」を守る装置であること、
2、自衛隊は安保(旧安保条約)なくして存在しえなかったこと、またこれからもそうであること、つまり、
3、安保がある限り、自衛隊は永遠に米国の(国際)「安全保障」戦略の中に組み込まれ、自律的な「暴力装置」たりえないこと、
4、これらの事実を自民党・公明党をはじめ外務・防衛官僚や、自衛隊自体が隠ぺいし続けてきたこと、

 以上の真実を問わずに、「国防」や「国際平和協力」を語ることは自己欺瞞の上塗りにしかならないことを、田母神のみではなく、この国の「主権者」としてのぼくら自身の問題として、もう一度考え直す必要があると思うのである。 

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来月合同即応訓練/嘉手納基地拠点に/岩国から海兵隊700人
(⇒沖縄タイムス2008年11月26日【朝刊】)

【嘉手納】米軍嘉手納基地報道部は二十五日、同基地の第一八航空団と米海兵隊合同の即応訓練を十二月一日から五日までの日程で実施する、と発表した。海兵隊は岩国基地(山口県)所属のFA18戦闘攻撃機とAV8ハリアー垂直離着陸攻撃機など約三十五機と人員約七百人が参加する。嘉手納基地を拠点に、空軍と海兵隊が合同で大規模な即応訓練を実施するのは昨年十二月に続き、二度目。

同報道部によると訓練に伴い、来月二日ごろからサイレン音や拡声器放送、模擬爆発音、発煙筒を使用するという。第一八航空団はF15戦闘機を含むすべての部隊が参加する。FA18やハリアーは、嘉手納基地に加え、普天間飛行場も使用する。海兵隊は即応訓練終了後も十一日まで、嘉手納基地を拠点に訓練を行うという。

嘉手納基地は訓練に参加する海兵隊の航空機や人員の一部が二十五日までに到着していることを明らかにしたが、訓練の詳細については「特定のシナリオについては公開しない」としている。嘉手納基地を拠点とした空軍と海兵隊の合同即応訓練は昨年十二月に初めて実施された。前回は海兵隊からはFA18約三十機と人員約六百人が参加。サイレン音や拡声器放送、航空機の離着陸に伴う騒音で、嘉手納町などには住民からの苦情が相次いだ。

県基地対策課の又吉進課長は二十五日、嘉手納基地渉外部と沖縄防衛局連絡調整室に対し「周辺住民に影響を及ぼさないよう十分配慮してほしい」と申し入れた。

米軍機、石垣空港使用へ/地元関係者招待で県に届け出

米海軍第七艦隊所属の第七六機動部隊は二十五日、強襲揚陸艦エセックス(四〇、六五〇トン)の艦載ヘリMH60二機が石垣空港を二十八日に使用する、と県空港課に届け出た。米海軍と在沖米国総領事館は地元石垣島関係者約十五人を、同島沖に停泊するエセックスに招待する艦内ツアーを企画しており、招待者の送迎が目的。県は同日、米軍に対し、使用自粛を要請した。

県は上原昭知事公室長名で、「民間航空機の円滑で安全な運航を確保する観点から、緊急ややむを得ない場合を除いて、米軍機の使用は自粛するべきだというのが県の一貫した考え」として、在沖米海軍艦隊活動司令部司令官のマイケル・ビズカラ大佐に対し、使用自粛を求めた。米軍の空港使用届け出書などによると、エセックスを飛び立つヘリは、招待客を迎えるため石垣空港を午前十時から同三十分まで使用。着艦して視察後、送迎のため午後三時から同十五分まで使用する。

県によると、米軍機の石垣空港使用は、二〇〇六年二月二十四日、ビーチクラフト連絡機が緊急着陸した以来となる。八重山防衛協会の三木巖会長は「二十一日に(領事館から)正式に招待状が届いた。今まで石垣から飛び立った米軍ヘリで揚陸艦に着艦するといった話は、八重山では聞いたことがない。『来てください』ということなので参加するだけ」と話した。

一方、大浜長照石垣市長は「緊急性もなく、目的もはっきりしない。不要不急だ。日米地位協定を自分勝手に解釈し、思うままに恣意的に空港を使おうとしている。地元住民や観光客が不安になるようなことはやめてもらいたい」と不満をあらわにした。

沖縄米軍の再編「10年程度必要」2008年11月10日(朝日新聞)

沖縄の米海兵隊普天間飛行場の代替施設建設と、それに伴い海兵隊戦闘部隊をグアムに移転する再編計画について、米太平洋軍のキーティング司令官が、06年の日米合意通りに14年までに実施するのは困難な状況で「場合によっては15年までも難しく、履行には今後10年程度を要するだろう」との見通しを示していたことが7日明らかになった。

ニューヨークで5日に開いた会見で発言していた。沖縄で普天間移設問題をめぐり膠着状態が続く中、スケジュール通りに実施することは難しいと指摘する声は以前からあったが、米政府の当局者が公式に認めたのは初めて。